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2009年1月11日 (日)

人にとっての夢 人類にとっての夢 冷戦、そしてソ連の崩壊の意味付け。 イスラムもブッシュも暴力を過信しすぎ。

私の地は雪が降り、風も冷たくまさに厳寒の候である。Img_2080_1

正月に色々考えた。今もまたその継続中である。 自由主義は冷戦に勝って、その結果、ソ連は崩壊した。冷戦、そしてソ連の崩壊の意味付をもう少し、アメリカもイスラムもしっかりしたら時代は大幅に変わったのではないのだろうか、と最近思いだした。

私は、冷戦とソ連崩壊の意味をクリアーにすることが戦争から人類を救う一つの手段の発見につながるものと思いだした。

ソ連の崩壊は、無血崩壊である。その原因の詳細は私は知らない。思えば、数年前、アメリカの優秀な工学の研究者と1週間ほど、日本で過ごしたことがある。

工学の議論は当然であるが、彼は随分と歴史も知っていた。そんなことで、新幹線の中でマッカーサーやソ連崩壊などについても議論した。

今、その詳細は覚えていない。ただ、明確なことは、巨大国家であるソ連が無血革命で崩壊し幾つかの国家が生まれたことは事実である。

私は、無血で国家も崩壊できたし、国家も誕生させられた、ということの重みを人類はもっと認識すべきであると思う。

9.11とそれに対するブッシュの一連の行動は、無血に対する真っ向からの挑戦である。ソ連を無血で崩壊させたアメリカは今度は冷たい戦争ではなく、熱い戦争をイスラムに対して仕掛けた。

9.11の戦士もアメリカに対して熱い戦いを仕掛けた。 

歴史に「たら」はない。私は、巨大国家、ソ連の崩壊の意味をもう少し世界が勉強したらことなった結果になったのではとも、最近思いだした。

たとえば、ブッシュは暴力でない冷たい戦争をアフガンやイラクにしかけ、彼らを崩壊できなかったのだろうか。 それだけの戦略をブッシュは持てなかったのだろうか。

レーガンはソ連に対して結果論的にはそれができた。 ソ連の崩壊は、ソ連という特殊合成国家の結果なのだろうか。Wh_1

残念なことに、ブッシュはソ連崩壊では意味をなさなかった暴力をなにゆえか過信した。

確かに、民族国家である北朝鮮があれだけ悲惨で、嘘と騙しでも、頑強に頑張っているのを見ると、それも並大抵のことではない気もするが。

なお、最近のロシアのエネルギー政策を見ると、彼らが冷たい戦争をヨーロッパや日本---サハリン---に仕掛けているようで怖い感じもするが。

なお、アメリカも食糧では世界にそうした圧力は掛けているのだろうが。

嘘と騙しの北朝鮮の継続も含め、ソ連の崩壊の原因、意味付けは今後の課題だろう。

ぐっと身近になって、私にとって今年の思いというかの一つは、初秋にアメリカに行き、友と議論することである。 本当は、初夏に行きたいが、経済が荒れていて、少し怖い気もする。 なお、そのためには、最近、とみに衰えた英語の再強化が必須である。 専門であれは何時間の議論にも耐えるが、文化論や経済論、政策論になったらとても耐える英語ではないし、それ以前のこうしたことに関係する知識がない。 その意味ではそうした知識の集積が必須である。

また、出来たら向こうに行く費用は株で稼ぎたい。 最近、株などの相場と、ギャンブルとの差の区別がつかなくなった。特に、いろんな先物とギャンブルとの差は頭で考えたらない。 調べてみたら、株、先物などは基本的にはギャンブルであるのである。禁止されているギャンブルとの差は、こうしたものは政府から認可されたものにすぎないなのである。

2009年1月 3日 (土)

新年おめでとうございます。

新年おめでとうございます。

本年末がこの夕暮れのように穏やかで、来年にはねむの花のような安らぎが少しでも実感出来ればと、願っております。Img_1906_1 Img_1356_1 

今年も例年のように近くの無人のお堂にお参りに行った。 

お堂にロウソクをともした。

その帰り道、木々を見ると私の知らない木に小さな花芽がついていることに気がついた。

私は何時も春をヤシャブで感じていたが、それより早く花芽を付ける木があったのだ。Img_1976_1

何時もとは別の道を通ると、色んな山々の姿が見えた。私の地は山に囲まれた盆地なのである。Img_1980_1 Img_1988_1 Img_1985_1

桜の花芽は堅いが既に随分と大きい。後、4カ月もすれば花が咲く。

今年が昨年より少しでも良い年であることをお祈りしています。

2008年7月 4日 (金)

工学のすごさ あまりに素晴らしくて人の未熟さを忘れていた

私は企業で研究関係に身を置いてきた。 大学時代にニュートン力学からニュートン哲学、また統計力学などの講義を受け、科学と哲学が近いと感じた。 また統計力学を活用した物性論も面白いと思った。

企業に入り、物を作る研究をするようになった。 当然のことではあるが、物を作るためには再現性が必要である。 新しい物が安定して出来て初めて生産できるようになる。 これが生産技術の研究であり、これも面白い。 

そしてこれは、昔の人の知見も当然使える。 私はこうした世界にいた。 当然、昔の経験が使えない世界もある。 ある面で、研究は昔の経験が使えない世界を作るものとも言える。 しかし、原理というか法則レベルになると、企業の研究ではほとんど使える。

私が世の中に出せた物や社内に残せた技術は、すべて昔の常識を覆すものであった。良く言われる、Break throughがあって初めて成功した。 私のブレーク スルーは法則を変えるまでのものではなく、成功したあとに、よく見ると、そうゆう観点からみれば、納得がゆくものとも言えるものであった。

いずれにしろ、それは再現性がある。1万年後であってもそのものは作れるのである。

私はそんな世界にいたので、経済や自然科学もある面でそのように確固としたものであるとの思い込みがあった。 

自然科学においては、確かに、私の子供の頃の地震や天体に関する話と最近のそれは大幅に異なっており、ある面で、自然科学も信頼できないとも思ってはいた。 最近の地球温暖化が二酸化酸素に起因するとの理論についても、信じていないことはこんなことに起因する。

最近というか、昔から株に興味があった。特にバブルに興味があった。最近「バブルの歴史」という日本語訳を読んで、少し経済学に驚いた。 はたして経済学というるのだろうかと素朴に思った。 つまり、経済の手法、また法則はかなりあやふやなのである。 ノーベル賞を取った人の理論も、ある面で再現性がないのである。

工学は常に革新が求められている。しかし、そのよって立つ理論というか法則は普遍というか、適用範囲は明確である。

日々、変化している経済に立ち向かう経済学がこれほど、あるめんであやふやなのは、人の行動より理論が遅れることに起因しているのであろうか。

工学においても、ブレーク スルーはそんなものでもある。

それにしても経済の研究者はタフというかたいしたものとも思える。 私はとてもこんな不確かな世界には生活できない。 

確固とした世界は、己の未熟さもわかるが、再現性があるので、成果や存在感もあり、やはり気楽ではある。

2007年3月29日 (木)

青春の詩 素晴らしき老社長 老社長の夢

昔、朝日文左衛門の記事を読み、日記を付けるようになった。 そのついでに自分で日記帳も作った。 一年の全てを一冊に収めるようにした。 年の中ごろに日記帳に紙の枚数を追加した。 そんなことでその頃の日記帳は私の百科事典でもあった。 しかし、PCが普及し自作の日記帳はやめた。

私は日記帳に私を励ます文章や詩などを貼り付けた。 10年以上貼り付けた詩にウルマンの「青春の詩」があった。

たまたま、ある会社の社長と飲む機会があった。その社長は特攻隊の生き残りの部隊長とのことであった。 飲んでいるうちにこの老社長も青春の詩の愛読者であることが分かった。

また高木俊明の知覧に関する本の愛読者でもあった。私も彼の本は読んだし、日本語の出来る海外の友にも送ったりもした。 老社長の青春は戦争が全てで、まさに知覧にいたのであった。

あるとき彼は沖縄返還の記念銀貨をくれた。 彼や彼の部下や同僚や上司が命と青春をかけた沖縄が日本に返還されたことが嬉しくて、記念銀貨を買ったのであった。

彼の夢は親から引き継いだ会社を維持発展すること、平和な日本であった。

2007年1月18日 (木)

若く美しくが最大の夢 納豆売り切れ

行動の原点は幾つかある。死からの逃避、夢に駆られて、そして何気なく。若く美しくはやはり生物にとって最大の願いなのだろう。 私はその両方に無頓着であると思っていたし、家族にもその無頓着さを注意される。 

しかし、目に蚊のようなものが見えるようになったことに少なからず参った。医者に行って種々調べたところ重大な問題ではなく、老化が原因であり、直らないかもとのこと。 私は老眼も近視用のめがねもなしに細かい字も読める。そんなことで余り老化は意識しないでこられた。幸い薬が効いたか目はなおったが。

髪の毛は薄くなり、白髪も増えたが気にならなかったが。 また、息子が友の親が犬を連れさ散歩する姿を見て、昔は若かったのにと言ったのには少しまいったが。

この夢無き時代、己に集中できる若さ美しさは最大の関心事なのかもしれない。安く若く美しく在ればそれに勝ることはないかもしれない。 女の人にとって美しい顔が作られるメークの時間は最大の至福の時間なのかもしれない。その意味で納豆の売り切れみたいなことは今後も続発するのであろう。

しかし、それがあのナスカの長い顔のようにまでなっては困りものである。ナスカの長い顔がなぜ作られたのかの原因は未解明とのことだが。

植物や動物に肥料や餌を与えると見違えるように変わる。 人も食事により見違えるように変わるのであろう。 

鳥は季節により脱毛し季節ごとに若返る。この遺伝子を活用すれば人も若返るか? 

驚くことに、庭の女郎蜘蛛がまだ生きていた。巣も蜘蛛も小さくなったが美しさは変わらない。暖かくすれば春まで生き延びて、また大きな巣をかけるようになるのであろうか。

2007年1月 8日 (月)

今年の夢 株での金儲け それの無駄使い

株は長い間やってきた。幸運にもその合計は預金の利子より幾分か程度の黒字である。今後とも儲かるとは限らないが、何とか儲けてその金は無駄使いにしたい。 最大の無駄使いは絵画の収集だと思っている。著名品は無理だし個人的には余り興味はない。余り有名でない作家を発掘してその絵を買いたい。また陶器を買いたい。有名でない作家の絵画や陶器を買って、それが有名になれば、それが楽しみである。絵画や陶芸品については著名品は随分と見てきた。それなりに分かるつもりで陶磁器を衝動買いしたものは家人から馬鹿にされることが多い。それでも買わなかった失敗というか、残念な気持ちは幾つもある。レオナルド藤田の小品があった。たまたま株は儲かっていたのだが。

株の予測は難しいが製造会社であれば特許調査で長期予測はかなりの確度で見える。短期の売買は不得意ではあったが、最近、やっと分かったつもりになっている。

やはり損を最小にすることが肝心なようだ。証券会社は昔、長期保管の重要性をPRしていた。しかし、どうも逆のように思うことがある。買った株が値下がりしたとき、半値になったら買えばいいと思ったこともあったが、もし値下がりが予測されるのであればその時点で持ち株は売却すればよいようだ。そして後から買えばいい。

バブルが崩壊したとき、馬鹿な評論家は売らなければ損はないといっていた。まったく馬鹿なことで評論をしていたものだ。時価が下がれば何の価値も無いのだ。

2006年9月 9日 (土)

研究することこそ面白い。 化学は夢を与えられるか

久しぶりに学会の講演会に参加した。 最近、売り出し中の講演であり、講演者は自信に溢れ、それには男の美しさがあった。 

美しさとは自信があるときに見られるものかもしれない。 化粧品なども関係する仲間でなぜ高い化粧品が売れるか雑談したことがあった。 

結論は高い化粧品は美しくすると化粧品を付けている人が思うからであるとのことになった。 確かに、安い化粧品を付けて、乗りが悪いから安いのか? などと思いながら不安な顔をされたら折角の美しさが消えてしまうかもしれない。 数年前まではかなりの化学者は高い化粧品に価値を置いていなかった。 なお、最近の状況は知らない。

話を戻すが、講演には私も関係する可能性のある話題が豊富で、講演の間、私の頭にも幾つかのideaも生まれ、頭が活性化した。 私は発見や発明に、特に発見に触れると頭が活性化する。 その意味でやはり研究こそ一番面白いものであると思う。

一方、現在の化学は部品会社になってしまった。化学会社も部品会社と認識することにより利益を出している。 産業の黒子になり、利益を上げている。液晶は化学が大きな役割をしているが、どこに化学があるのか、それが分からなくなっている。 それが部品ということであるが。

ふと思ったのは、これで若者を化学に呼び寄せられるのかということである。

やはり研究は面白い。勉強もそれなりに面白いが科学の研究は面白い。 株の研究もそれなりに面白いが科学の研究は面白い。特に化学の研究は誰がやっても再現性がある。

2006年7月23日 (日)

歌に見る心模様 谷村新司 夢定まれり

谷村新司の「昴」や「サライ」は、曲、詩とも、なんとも広がりがある。 心の中からほとばしる若き日の思い、夢を在るがままに描ききった作品であろう。

彼もSinger Song Writorであり、そのときの尽きせぬ思いを元にこの歌を作ったのであろう。 それにしても、かれらプロの者は凄い。己の夢を語り、それをこの時点で、自分の人生と定めている。

人は40にして惑わずとも言われるが、彼はすでにもっと若いときに、多分、惑わなかったのであろう。 そして、彼は40の時はその思い、夢はおなじであったのであろう。

40歳の頃は心の成長期なのであると私はは思っている。人には幾つかの成長期があり、心の成長期は40前後で、この頃は、物事が急に見え出す。 隣の人も、自分の過去も急に見え出す。 

人生これでいいの?などと思うのもこの頃である。 この惑いの中で、浮気もするし、巨大な事業もする。

夢こそ全て、見果てぬ夢

歌に見る心模様 小椋佳 夢定まらず

小椋佳の「シクラメンの香り」は曲、歌詞とも素晴らしい。 同時代のプロの作詞家であった阿久悠も、これは単なる「はやりうた」を越えた歌であると絶賛していた。

そして、この詩には、やはり、小椋佳の心模様が出ており、彼のその後の人生を予測させるものであった。

「シクラメンの香り」の最後の歌詞は、過ぎてしまった過去を懐かしむ、過ぎてしまった若さへの憧れ、その若さの中でなしえなかった事への強い願望が出ている。 彼の歌は大体そうではあるが。

彼は、その通り、会社をやめ、また学生に戻った。 そこで彼がみたものは何であったのであろうか。 素晴らしい青春の日の再来であったのであろうか。

それとも、そこにはただ風が吹いているだけだったのであろうか

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