無料ブログはココログ

2007年9月15日 (土)

英語にこんなにも詩があるとは 人間の創造物のすばらしさ

Another summmer has passed, Another fall has come.

Img_0345_1時々、mailをやり取りする米国の友に、工学博士で米国の大手企業を定年退社した男がいる。 彼はこの分野では大きな仕事をして彼の研究での成果は広く世界に使われている。私と彼との付き合いは仕事の付き合いである。 私の英語は専門英語で、何とか意思が彼に伝わる程度の文学には程遠いものである。

時々、彼から送られてくる英語には詩が溢れ、英語の素晴らしさというか、それに感激する。

今回の英文は、Another summmer has passed, Another fall has come

Anotherを付けたのが何とも凄い。 今年もまた一つの夏が終わったと私は訳した。 ある面で老い先の少ない老人の文であるとも思った。 毎年、夏が来る。 しかしそれは人にとっては同じではない。 終わった夏、それへの思いの全てが含まれた短い文である。

こうしたことをこれほど的確に表現できる英語は素晴らしいと最近思うようになった。

Breakという言葉も良く使われる。 日本語にすれば脱皮なのであろうが、Breakは個人的な脱皮はもとより、世間のあるレベルを突破したことも意味する。 こんな広範囲な意味を含む日本語はあるのかとも思う。

漢字も素晴らしいし、人間の創造したものはある面から見ると恐ろしく素晴らしい。

2006年11月19日 (日)

一枚のモネの絵の世界 そして写楽 

浜離宮を眼下に見るホテルに久しぶりに泊まった。 朝の食事を取りながら浜離宮を見るのが東京でのささやかな楽しみである。 浜離宮にある紅葉した木々は遠くから見ると睡蓮のようにも見え、それは落ち着いた一枚のモネの絵の世界だ。 春、桜の咲く頃も、桜も睡蓮のようにも思えてそれは明るいモネの絵の世界だった。

広大な庭園ではなく程よい広さに、落葉樹と、水を適度に配し、東京湾を借景の一部にしたこの庭園を見ながらの朝食は素晴らしいひと時である。

近くに林立する高層建築も浜離宮を邪魔しない。それもモネの世界にも思える。

写楽を上野の博物館で見た。大胆で繊細で。 また幾つかの江戸の作品も展示されていた。 日本にはこれだけ繊細で色鮮やかな作品があり、それを十分に観賞する人々がいたのだ。 

2006年11月11日 (土)

あの絵 「伝顔輝筆」の「寒山拾得図」 そして虎の絵 故宮博物館

「伝顔輝筆」の「寒山拾得図」は昨年、上野の博物館で見た。 なんとも不思議な絵で、かの男は私をどこからも見つめている。 通常の絵は、私が見るのであるが、この絵は、絵の中の男が私を見つめている。 優しくもあり、私をさげすむようでもあり。 なんとも不思議な絵としか言いようがない。 

この絵は芥川も見ていて「戯作三昧」のなかで記載している。 その後、何回か上野の博物館に行ったが展示はされてなかった。

同じような絵に故宮博物館でであった。 それは虎の絵であった。 虎はいつも見る者を向く。 目も体全ても。 

中国にはかかる手法があったのだ。 

天目茶碗もあった。

書もあった。

2006年10月14日 (土)

秋を告げる木 初=秋桜 中秋=花水木

私に秋を告げる木は初秋は桜、中秋は花水木である。 8月の末になると山桜や桜は色着き始める。 風や雨で少し破れ、やや疲れた表情で色ずく山桜の葉は晩夏そのものである。 

山桜の紅葉は一つの葉の中に濃い黒味を帯びた茶色から明るい黄色まであり、一つの葉の中に過ぎた季節が残されている。 そしてそれは他の木より早く地面に落ちる。

そんな関係か、私の生まれた地方では、早く落葉した山桜の下によくきのこが出た。 

この時期、花水木が街を急速に秋にする。赤い実と赤い紅葉で。 この花水木の秋を見ると知人の死を思い出す。

彼にはバージニアの田舎に行くといつもお世話になった。 そして彼に最後にお世話になったのがこの時期だ。 花水木は落葉の頃には花芽も既に付けている。 彼が私と私の部下を案内してくれたとき、肝臓癌から退院して小康状態であった。 私はそれは知っていた。

彼からは色んなことを教わった。 彼からは人の発想法は東も西も似たようなものだということも教えられた。 その最初が岩魚という魚の名前である。 岩魚にあたる英語を知らなかったので、回りくどい英語で私はその説明をしたらそれは「rock fish」とのこと。 これには驚いた。

この紳士は、落葉の前に既にある花芽に、命のたくましさを感じ、我々を案内しながら感動していた。 そして、彼の死のe-mailが入ったのは、それから余り長い時間はたっていなかった。 秋の花水木の紅葉は美しさと悲しみをもたらす。

桜は春を告げる花。 花水木は初夏を告げる花。

花も美しいが、いずれの紅葉も綺麗だ。  

2006年10月11日 (水)

不思議な作品 底が感じられない磁器 伝統工芸展

過日、東京に社用で行き、会議の後、夕方、三越の伝統工芸展を見た。 陶芸作品が多い。 知人も出しているかと思って見たが、それは無かった。

不思議な作品があった。 四角形の大きな器で、多分、磁器で、白い色のかなり大きな器であった。 色は1色。 なぜか、その器には底が感じられない空間があった。

底はあるのだが、底に至る曲線、微妙な色の配置からか、底が感ぜられない空間がそこにはあった。

かなり大きな器ではあるが、その器に無限とも言える空間が構築されていた。 不思議な器だ。

2006年9月18日 (月)

秋の夕暮れ この世とも思えぬ存在感なき邯鄲の音

前に邯鄲の音が聞こえたところに行った。 道すがら閻魔こおろぎと幾種類かのこおろぎと、あおマツムシが所せましと鳴いていた。 虫の秋、真っ盛りである。 

邯鄲も閻魔こおろぎに混じって鳴いていた。 その音は近くで鳴いているようでもあり、遠くで鳴いているようでもあり、地中で鳴いているようでもあり、やはりこの世のものというには、存在感がない。 これが虫の音とも思えないし、この虫を捕らえようとも思わない。

それでいて何か心惹かれる。ただ単調な音色である。なんとも不思議な音色である。

2006年8月30日 (水)

虫の秋 それぞれの秋

今日の帰り道、小川の土手の草むらで虫が鳴いていた。 単調な邯鄲がおり、騒がしいアオマツムシ、閻魔このろぎ、として時たまマツムシも。 名前は知らないがじじじじじじと単調なこおろぎも今も鳴いている。 この単調さはうるさくもなく、なんとなく落ち着く単調な鳴き声である。 一匹でもなく、時に数ひきが調和し、また適度に乱れて。それでも単調に鳴き続けている。

未だ暑いが、虫の秋なのであろう。 芥川の戯作三昧ではないが、虫たちはそれぞれに秋を奏でている虫の秋である。

光の春という言葉もあるが、日が短くなりだしたこの時期は、日暮の秋といっても良い時期である。

やはり、虫の秋という言葉も合う時期である。 

晴れて涼しくなればアキアカネの秋、アキアカネ色の秋かもしれない。

2006年8月22日 (火)

熱いが虫の音は高く 季節はめぐりて

帰り道、邯鄲が鳴いていた。いつもこんな時期から邯鄲はなくのであろうか。 もう少し後のころだとおもったが。

閻魔こおろぎも多数鳴いて、秋を詠んでいた。 いつの間にか虫は秋を感じているのだろう。

暑いのはつらくはあるが、夏が終わることはやはり寂しいことだ。 アメリカの友は夏が終わることはSad thingであるといってきた。

彼の家は広大な山の中にある恐ろしく立派な家だ。 北米の冬は長くきつい。 家にいるときは年がら年中、暖炉を焚いている。

またとりとめのない話でもしたいものだ。

2006年8月13日 (日)

写真それは銀板の記憶 電子の記憶

写真という言葉は真実を写すことから生まれた。 報道写真などに関しては確かにそうでり、報道写真家がスミソニアン美術館で書いていた「いつも真実を追い求めてきた。しかし真実とはいつも移ろいやすいものである」との英語の記載に感動した。 残念ながらこの表現に該当する英語は思い出せない。

最近のブログの写真で気がついたことですが、それは写真というよりは「銀板の記憶」であったり「電子の記憶」であったりすることが多いのでは、と思う。

肉眼の時間ではありえない物事を銀や電子の記憶を活用することにより造りだしていることになる。

絵の作家はやはり肉眼の時間を越えて絵を描いている。音楽家もそうであろう。

最近の写真は、光、闇、拡大機能、ぼかしと時間を組みあれせた新しいArtのようである。 写真家という言葉もあるが、それは銀板の芸術家、電子の芸術家とも言える。

Art through combination of time, light, darkness, magnification &  gradation of color.

2006年8月 6日 (日)

こんな夕暮れ 安土往還記の安土の祭り

今日の夕方は湿度も低く、風もあり、湿気を含んだ夏の夕暮れではない。いつの間にか稲穂も色づきだした。 空も澄んで秋を感じさせる夕暮れだ。

小川の葦で子育てに騒がしかったヨシキリも何処かへいなくなった。 川の水も物憂げにゆったり流れる白い静かな夏の夕暮れだ。 

辻邦生の安土往還記の信長の主催した祭りはこんな夕暮れに開かれたのだろうか。

この時期、花火大会が各地で開かれる。 夏の祭りは数百年の昔からこんな夕暮れに開かれてきたのだろうか。

2006年7月21日 (金)

この雨音 群青の空よ早く来い

また、強い雨音がする。 今年は晴れの日が少ない。 幸い我が家は災害にあってないが、この雨音をどれだけの人が不安な気持ちで聞いていることであろう。

リストの「雨だれ」を余裕をもって聞ける日が早く来てほしい。

南の夏の高気圧よ、強くなってくれ、そして群青の空をこの地にももたらしてくれ。

2006年7月12日 (水)

カンゾウの花 夏の彩り 遠い群青の空

やぶカンゾウの花が咲き出した。 

この花の仲間は夏の高原を壮大に彩る。 残雪を残した北アルプスと群青の広大な大空を借景にして霧が峰の草原を黄色に変えるのはこの仲間である。 もうそろそろ霧が峰もこの花におおわれるのであろうか。

穏やかな至仏と黄色に染まる尾瀬ヶ原も素晴らしい。 これもこの花の仲間が高原の夏を彩る。

家の庭に飛ぶアキアカネも高原で夏は過ごす。 青いヒスイの目で、黄色に染まった高原と群青の空に彼らも感激するのであろうか。

にがうり(ごうや)の花 にがうりと、きのこ料理

にがうり(ごうや)の花が咲き始めた。 よどんだ梅雨空の空気を清清しくする高い香りの花である。

この、にがうりと、きのこ料理は私には良く合う。 栽培されたきのこは出しがでないし、きのこの持っている苦味を伴う美味さが無い。 野生のきのこは味噌汁にしても、焼いても実に美味い。 

なべたけ、別名、くろかわという表面が黒いきのこが秋にでる。また、赤シメジという紫がかったピンク色のきのこもある。 両方ともこの苦味を伴った味がある。なべたけ、別名、くろかわを炭火で焼いて醤油を付けた味は最高である。

きのこは油でいためて醤油で単純に味を付けたものも最高である。しかし、栽培されたものはいずれも、美味くは無い。

にがうりと併用すると、にがうりの苦味がきのこに移り、すこし美味くなる。

栽培しても美味いきのこが早くできないものであろうか。 いまの人工栽培のきのこは人工栽培ないし養殖物は幾つもあるが、その中では最低だと思う。 それほど天然のきのこは美味い。だしが出るのである。

2006年7月 9日 (日)

完熟びわ それぞれの完熟

庭のびわも今年の最後である。 とり始めたのは何時ごろであろうか。 2種の木があり時期が少し異なる。 最初のころは少しすっぱく、私はこれが好きである。 昨日とったものは茜色に色づいた甘いびわである。 自然に任せているので、鳥につつかれたものが幾つかある。 これほど美味いのであれば袋をかけて美味くするのも価値がある。

昔、りんごは嫌いであったが、北軽井沢で食べて美味いことが分かった。 やはり完熟度の差なのであろうか。

チーズやワインやフナ寿司やさばのへしこ、各種の野菜などの発酵食品がある。 これらの美味さも原料の完熟度と加工過程の完熟度で変わるのであろう。 発酵食品を作るのは面白そうだが。 

2006年7月 8日 (土)

アキアカネの夏 蜘蛛の子も

例年通りアキアカネが家の木々に止まり始めた。 周囲にも飛び出した。 モズ(百舌)の親子が家の庭にいるので、その雛のえさになる確率は今年は多いだろうが、曇った梅雨空、いっぱい飛び回っている。

小さなアキアカネにとってはこれからが空中での、ひと夏とひと秋の短い一生が始まる。 小さな体に似合わずアキアカネは旅をする。夏は群青の空の高原で過ごす。秋に戻ってくる頃にはすっかり色づいて、茜色のアキアカネになる。 彼らにも幸あるひと時であってほしい。

以前、蜘蛛の子であった女郎蜘蛛が巣をかけ始めた。今はまだ木の下のほうに巣をかけているが、秋になると木のてっぺんの方にも巣をかける。 アキアカネは彼らの餌さにもなる。 

それを知ってか知らずが、若いアキアカネは、秋の色づいたアキアカネと同じように、空をすいすいと飛んでいる。

夏椿の落花が突然の若すぎる死のように、何にとっても、突然は突然に来るのかもしれない。

 

2006年7月 1日 (土)

夏椿 くちなしの花 夏の花

私の家の近くには夏椿を植えた家が結構ある。 落花した花を見ると夏椿の花も盛りの若いままで落花するようである。 夕方に見たら清清しい白色のままで落花していた。 

夏椿も椿と同じようにその散り際は、突然の若すぎる死である。

一昨日は御茶ノ水の近くのホテルに泊まった。ホテルへの道にくちなしの花が咲いていた。 花はあまりに純白で、形状もくっきりしていて人が作ったもののようにも思えた。 我が家にも植えたのであるが虫が葉を食べてしまい最近は中々咲かない。

この花の散り際はいかなるものなのであろうか。 椿と同じように花全体がおちるのだろうか。

2006年6月28日 (水)

夏至の頃 闇に咲く花

今朝、深紅のハイビスカスが咲いていた。 深みを帯びた赤で、その美しさを惜しげもなくあっけかんとして示す本当に南国の花だ。

子供の頃は夜は怖かったが最近は夜も好きになった。 夕暮れ、落日、薄暮、漆黒の闇、これらの組み合わせが好きになった。こうした時間にワインを飲むのも良い。 朝方にはワインは飲みにくい。

夏至の頃は梅雨とも重なり闇が深くなる時期のように思える。闇が始まる時刻も少しづつ早くなる。

こうした蒸し暑く、寝苦しい夜に、深紅に咲く花はあるのであろうか。月見草も可憐に咲くが深紅ではない。月下美人も華麗ではあるが深紅ではない。 夜に深紅に咲いても蝶や蛾には見えないから夜に咲く花は白が多いのか。

夜のギンリョウソウは何色に見えるのであろうか。

2006年6月23日 (金)

花の散り際それぞれ

ハイビスカスの花が咲きだした。濃い深紅でいかにも南国を思わせる花である。このハイビスカスはもう10年くらい冬を越した。最初は巧く冬を越せなかったが最近は冬の越し方を覚え、いくつもの南方の植物が冬を越す。

それにしても、あの華やかで開放的な花も一日にしてしぼんでしまう。

夏の花である朝顔も一日にしてしぼんでしまう。月見草はどうなのであろうか。夕方に開き次の日中には落花するのであろうか。 

ハイビスカスの花のしぼみは夏の日を極限まで一杯に浴び、その生命をまた極限まで謳歌したものの死であり、短命という悲しさはあるが、その悲しさを思わせるより、精一杯生きた素晴らしさを感じさせる。

椿はその美しさ保ったまま落下し、落花した後もその色、形状を保つ。この浅い春に、熊野の浜で落ちた椿を手に持ったら、温かみがあり、花肉もあつく、しっとりとした感触もあり、子供の肌に近いと思いはっとした。 落ちた椿が太陽を浴びて暖かくなっていたのであろう。 

椿の落花の様はやはり若すぎる突然の死である。

2006年6月21日 (水)

夏至と夏椿

夏椿に無常は感じないと数日前に記載したが、夏至と考え合わせると少し無常も感ずる。

椿の特徴は、花の盛りに落花することである。桜は散る前に色が変わる。椿は落花しても大地の上でも花の美しさを残している。椿の落花はあえて言えば若すぎる突然の死かもしれない。

夏椿もそうなのであろうか。

夏至は日永の嬉しさと暖かさの嬉しさの継続の中で、日永の嬉しさがもはや継続しないことを悟らせる。永遠はないことを悟らせるのである。

萎れもせず、美しく、可憐で、清清しいままで落花する夏椿も、やはり無常を人の心にもたらすのかもしれない。

夏至の頃

夏至の頃、いつも通りすぎて初めて夏至を過ぎたことを認識する。 日中が長くなるのと同時に暑くなり、その暑さは続いているのに、ふと気がつくと闇の時間が早まっている。

日中の長さと暖かくなることがいつも並列であったのだが、日の長さは、既に成長を止め短くなるのが夏至た゛。

夏至は極限の明るさの中で、何事もなく共に無限の広がりを享受してき、無限であることに慣れていたのに、着実に衰退がしのびよることを予感させ、心に痛み少しもたらす。

2006年6月20日 (火)

夏椿 菩提樹

家から駅への道に夏椿が咲いていた。 清清しく可憐な花である。 次々と咲き、桜とは別である。 この花に無常さは感じられない。いさぎよさ、可憐さはある。

東京駅の日本橋口に菩提樹が植えられていた。銀座には栃の木もあるし、こぶしもあるし東京は色んな木が植えられている。

これから夏本番だ。 しかし、夏至を境にもう日は短くなる。 ただただ慌しい日々の中で半年も過ぎ去った。

ここ当分は薄暮の季節だが、もうすぐ夏の漆黒の闇の季節になる。

漆黒と潮騒、漆黒と夜光虫、熊野の漆黒の夏が待ち遠しい。

2006年6月18日 (日)

ギンリョウソウ 黒アゲハ 菩提樹の花

ホトトギスの鳴き声を聞きたくなり、休日の昼下がり近くの山に登った。目白のさえずりは聞こえたがホトトギスの鳴き声は聞こえなかった。 もういないのか、それとも時間帯のせいなりか。 

森の中の展望の利くベンチに腰掛けていると黒アゲハが恐ろしい速さで森の小道の間を飛び回っていた。そして、それは明らかに強い意思をもって飛翔していた。 そよ風にゆれる蝶ではなく、強い意志をもった蝶であった。 黒アゲハの消えた木の下闇は黒アゲハによりさらに暗さが深まったようにも思えた。

熊野の山々にも黒アゲハがいる。彼らも悠々と飛ぶのではなく、恐ろしい速さで熊野の野山を飛び交う。梅雨の熊野は知らない。霧が流れるのであろうか。

ギンリョウソウも前回とは別のところに生えていた。ホトトギスの声は聞こえなかったが啄木鳥とコジュケイの鳴き声は時々聞こえた。

山の入口に甘いにおいの花を木一杯につけた大きな木があった。私の知らない木なので思わず木の名札を見たところ菩提樹であった。 菩提樹の花にはハチが飛び交い、天道虫も来ていた。

夏椿の咲く時期ももうすぐだ。

2006年6月 7日 (水)

富士と月見草

富士に月見草が似合うのは朝のような気もする。 朝の月見草は花を一杯に開いていて朝顔のようでもある。 しかし、萎れた花も残しており花のはかなさも示している。

この時期の清清しい朝、峠にいつも吹いているさきがけの風に揺れて咲く月見草と、黒青紫色の山肌に残雪を幾筋か残した富士は似合う感じがする。

月見草は朝の清清しさも、夜の気だるさも、花の命の短さも表すすごい花だ。

2006年6月 3日 (土)

富士と月見草 何時ごろなのだろうか

月見草が花咲く時期になった。 この時期の富士は残雪を残した山体が青空にくっきりに際立ち好む人が多い。

それにしても、月見草が似合う富士とは、時節は何時ごろなのであろうか。はたまた、いつでも似合うのであろうか。

日中は月見草は花を閉じている。やはり夕方か朝方なのであろうか。 それとも満月に近い月下のこの時期の富士と月見草なのであろうか。

月下の富士と月見草であれば、「富士には月見草とそして月が似合う」と言ったかもしれない。

それとも、涼しさが心地よくなる晩夏の月見草なのであろうか。晩夏の川原に咲き残る月見草を見ると過ぎしひと夏の思いが蘇りひとしおのものがある。

峠に咲く晩夏の月見草は、峠にいつも吹いている先駆けの風の中で、大きな富士をバックに揺れる月見草で、心細さを呼び起こす富士と月見草のようにも思える。

全てが枯れた中に丈の高い枯れた月見草が風に揺れる姿も、寂しさが募る月見草と富士として、似合うようにも思える。

2006年5月30日 (火)

月見草と上弦の月

今日、駅からの道に月見草が咲いていた。夜に月見草を見るのは初めてである。青ぐらい空の上弦の月と、オレンジかがった月見草の花はすごくあっていた。 月も夏の月ゆえややオレンジかがった月であった。 子錘も飛び交い初夏の夕暮れであった。

富士には月見草がよく似合う。 この月見草は夜の月見草なのであろうか。 この時期、満月に近くなると富士は夜でも見えるかもしれない。この時期の夜の富士は満月の元、濃い紫色に残雪を残しているのであろうか。 もしそうなら是非みたい。

冬の満月、雪をかぶった青みを帯びた富士は何度か見た。 冬の月下の富士は少し怖い富士であった。

2006年5月24日 (水)

月見草と遠い残雪の山

月見草がもう咲いている。 月見草は夏の花と思っていた。

富士には月見草が似合うとの表現は有名だが、川原や川岸に咲く月見草も良く似合う。

この時期は残雪を残し、blue hazeに霞む遠くの山と花が良く似合う。谷川岳とこぶしも似合う。 尾瀬の水芭蕉とおおらかな至仏もにあう。 

確かに独立峰の黒い群青色の山肌に残雪を残した富士と夕方の月見草も似合うようにも思う。

2006年5月20日 (土)

この季節 梅雨寒 暖炉のそばで

雨がちで霧が流れるこの時期は結構すきである。 今朝、久しぶりで桐の花を見た。アメリカではよく桐の花を見たが、あの群青の空のもとではあまりその美しさに気がつかなかったが、霧の中でみる桐の花は薄紫色も落ち着いて綺麗だった。 花の形はジュネーブで見た栃の花に近いと思った。

この時期は、梅雨寒になることも多い。 梅雨時期の友の家で雨にぬれた木々を軒近くに見ながら、暖炉に木をくべ、友と陶芸などをとりとめなく喋ることも楽しい。

ホトトギスが近くで鳴き、間延びしたカッコウも鳴き、この時期は、それなりにゆとりに満ちた時期だ。

この時期の熊野はどんなのであろうか。夏の熊野にはよく行ったが梅雨の熊野は知らない。 幾重にも幾重にもヒグラシが鳴きかう夏の熊野にまた行きたい。

2006年5月11日 (木)

今日の夕暮れ 果てしなく透明で青く暗い夕暮れ

今日、大阪でみた夕暮れは、透明で果てしない深さをたたえた青く暗い夕暮れだった。 晴れているのに星もなく、ただただ透明で果てしない遠さに満ちた青く暗い夕暮れだった。

暗いのだけど心の暗さには結びつかない透明の青く暗い夕暮れだった。

今日は夕焼けはあったのだろうか。それとも夕焼けもなく突然にこの夕空になったのだろうか

これでも西側は明るんでいた。

2006年4月23日 (日)

モンゴロイド アラスカ ナスカ 胸の振り子 フェロモン 長い顔

人類のなかで、モンゴロイドは一番の旅好きか、好奇心が旺盛なのではないかと思う。人類の発生はアフリカと言われている。そのアフリカから発して、どこかでモンゴロイドに分化し、アジア大陸に広く分布し、日本にも来たし、さらに広く南北アメリカのアラスカにもナスカにもマゼラン海峡にも分布している。西はフィンランドもそうだし、東欧にも幾つかの国がある。

彼らはなぜ、これほどまでに広がったのであろうか。肥沃な中国を捨て、さらに快適な北米も捨て、南米の先端まで多分、己の足を頼りに到達したのであろう。

25年ほど前、社用でクリスマス休暇に入る前のアメリカからヨーロッパに回り、アンカレッジ経由で日本に帰国した。アンカレッジ到着前、オーロラが見えるとの機内放送があった。その後、少ししてユーコン川の上であるとの機内放送があった。そこはただただ白銀色の朝日に輝く雪原であった。ふとこの下に私と同じ人類に属するイヌイットがいると思った。こんな所にきていたく反省とたのでは、とも、また、なぜ移動好きの彼らがなぜこれほどの白一色の荒涼とした極限の地に留まったのだろうかと、脳裏に瞬間的に浮かんだ。

数年前、たしか高樹のぶ子さんが「むねの振り子」---正確である自信はないが---という一文を日経に記載した。氏はそれに揺られて色んな経験をしてきたとのことであった。この文を読んで、なんとなく人の行動が分かったような気になった。

最近、離婚してまた同じ人と同居している人と面識を得た。離婚の原因はフェロモンに基づく浮気だとのこと。そしてそれは止めようがなかったとの本人の弁。

昨日、国立博物館のナスカ展を見た。ナスカは風がヒューヒューと吹き、荒涼としているが、それでいてなぜかしら美に充ちた場所に思えた。そこは人の思いが極限まで展ばせるような美のある場所に思えた。

モンゴロイドがここに来て、太古の故郷の原体験を思い出し、立ち止まり、むねの振り子に従い、フェロモンに従い行動し、あの巨大な図柄を創作したのだと、なんとなく納得した。また、長い顔を作ったのだと思った。ただ長い顔への整形は世界の各所で行われたとのこと。 ピアスも世界中で行われていることを思えば当然のことかも。 

2006年4月18日 (火)

不変への憧れ 西も東も

三越の6階で伊賀焼の個展をしていた。黒みかがった緑を多く使った各種の器や皿などが展示されていた。 私はその黒味かがった緑色が気になり個展の作家に聞いたところ、松の灰とのことであった。松の灰を掛け特殊な条件で焼くと黒味を帯びた緑になるのであろう。

松の特徴はいつも緑であることである。それは生あるときと思っていたが、松は焼かれても緑とは、その生命力というか、それ以上のものを感じた。

数年前、アメリカから賓客が来て京都の古風な日本料理店に行った。床の間には書があり、外人からその意味を問われた。草書体であり私は読めない。数人いた日本人も読めない。日本の工学のDRもいたが読めない。この外人はMITとカリフォルニアのバクレー校のDRであり博学かつ記憶力も良い。下手のことも言えないので女将が来たときにその意味を聞いたら、「松は何時も緑であり、それが尊い」とのことが記載されているとのこと。

私はドイツ語でTannen baumの歌を歌い、その書の意味はTannen baumの歌と同じであると述べたら、両DRも納得してくれた。皆でTannen baumの歌を歌い、不変への憧れが、西にも東にもあることに納得した。

それにしても、松は生あるときはもちろん、焼かれても緑色を示すとは、少し気味悪くもある。

2006年3月15日 (水)

ゆれる春

広い川原に自然に生えた柳はことのほか春が良く似合う。

冬枯れで水かさも減りより広くなった川原に立つ柳は最も早く春の息吹を伝える。

早春のこの時期、遠い雪山を借景にしたあおめる柳はそこに春の空間を作る。

それは霞かがったうす緑色の春だ。

この春の空間は風にゆれる。 春の訪れをもたらす南風にも、冬の逆襲の北風にもそれはゆれ、ゆれる春を作る。

ひばりが鳴き川原が緑に包まれる頃、ゆれる柳の春は夏の中に溶け込む。

熊野の染井吉野の花は早く咲く。
若草も未だ萌えず、冬枯れがあたりを包むそこに花の空間を作り咲く。
群青の空と、透明で群青の海と、冬枯れの中でそれは咲く。
老婆たちは腰をかがめその下で輪になり踊る。
薄紅色から白みかがった染井吉野は、老婆たちの輪の上に散りかかる。
潮騒は遠い。
朽ち落ちた足元の枯れ葉が音を立て、
あまりに晴れた熊野の春は初冬の幻想のようにも思える。

2006年3月13日 (月)

冬の逆襲

今日の朝は強い風で目を覚ました。数日前のあの暖かさが嘘のように強い風が春を吹き飛ばし寒い朝が戻ってきた。

ちょうど春一番が寒い冬をおいはらったように。

ビルの谷間は雪が舞い飛び、真冬のようだ。

それでも陽射しは長く、陽射しにあたると積もる前に雪は融けた。

降る雪は手の上でも融けた。 これが今年最後の名残の雪か

2006年2月22日 (水)

春の霧

晴天の翌朝、春になると霧が流れる。

春の霧は何の音も立てずに流れる。

秋の霧は時に枯葉をすーっと落としながら流れる。

春の霧は自ら静寂を作り霧だけが流れる。

この霧も時たま、冬枯れの木々に残った最後の枯葉を落とし流れる。

ふくらみかけた梅の蕾に色どりを与え、杏の蕾を柔らかめ

この地に春の訪れを告げる。

春は手の届くところまで来た。

2006年2月19日 (日)

寒山拾得

これも、一期一会なのか

三ヶ月ほど前、 東京への出張が金曜なので、東京に泊まり、北斎展を見に行く。

北斎展の後、常設館の東洋館でたまたま「伝顔輝筆」の「寒山拾得図」を見る。
絵の中の男は、どこから見ても「私を見ている事に気が付いた」。
図の右サイドから左サイドに移動しても図中の男は私を見ている。
この逆に絵を見ながら左から右に移動しても同じで、やはり私を見ている。
通常の絵は、私が「見る」のであるが、この図の男は逆に、図から私を見ている。

私も、色んな絵は見てきたが、「絵から私が見られている」と感じたのは始めてである。

作者は何を考えて描いたのかと不思議な気分に成りました。

またこの絵を見たくなり、昨日、行ったが、そこには別の絵が掲載されていた。美術館や博物館の展示物も一期一会。 またどこかであの不思議な絵を見たい。そのときも私を見ているのか、単に、私が見る絵に変わっているのか。

2006年2月16日 (木)

熊野の早い春は来ているのか

熊野に早い春はきているのだろうか。群青の空、透明で群青の海、陽光降り注ぐ春はもう来ているのだろうか

幾重にも幾重にも山が連なりブルーヘイズに霞む熊野の早い春は来ているのだろうか

腰をかがめ老婆たちが落花の下で輪になり踊り、行く春を惜しむ春はもうそこまで来ているのだろうか

七里御浜には肩寄せあう二人か、孤独な一人が良く似合う。若いふたりでも、壮年のふたりも、年老いた二人も。 そして、若い一人も、壮年の一人も、老人の一人も。

荒くれ者の野武士の集団も似合う。

セーラー服と学生服が肩よせあって、遠い目で群青の海を見ているのも似合う。春は卒業、別れ旅立ちの季節。

七里御浜の波がすごいのは押し寄せる波ではなく、押し寄せた波が引くとき砂利の波打ち際に吸い取られる時の音がすごいのだ。 それはサ-ッと砂利の中に消えてしまう。そのときの音はすごい。 暑さがうせた晩夏に聞くと、寂しくて魂も吸い取られるほどだ。

無為に過ごしたひと夏の思いに押しつぶされそうになる。

今は早春。 早い春が来ていれば、春もやに霞むやわらかな陽光のもと、波音を聞きながらまどろみたい。

最近のトラックバック

最近のコメント

2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30