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2009年3月14日 (土)

遺伝子の行いを善と考えて   老とは --- 人の心を深め、また文明の速度を速めるもの

以前(2007.12.09)にも記載したが、ここ最近、遺伝子にも意識があるのではと思うようになった。 ただ、本当に遺伝子にも意識があるのかは不明であり、いつの日か、生命科学者の解明によらねばならない。 何時の日か、遺伝子の意識の有無について解明されることを祈るのみである。

その、遺伝子の一つの強烈な願望は生存者願望意識があり、その結果、人間は長生きする遺伝子を獲得した、のであると私は思っている。 

しかし、人はあるときから確実に老いて、生殖能力も失う。 それは女性において明確に現れる。 男はある面で生殖年齢の限界は不明でもある。

この生殖年齢の決定は遺伝子によっているのだろう。 ここで、その遺伝子は大きな役目である遺伝子の転移が止まるのであるから。Photo

 私はこれは遺伝子がタンパク質から構成されていることが原因であると思っている。タンパク質は強靭ではあるが、宇宙線や紫外線や熱などにより変質する。こうしたものへの耐久力の限界を遺伝子は察知して己に限界を設け、己を殺すことにより種を守っているのであると私は結論づけた。

昔、尾崎和夫?か誰かの小説で、人は己のために己を殺すとの話を読んだ。 多分、遺伝子は良好な子孫を残すため必死に努力し、そしてやはり必死になり己を殺すのだろう。

そうなると、遺伝子の移転能力をなくした後の個体に遺伝子は如何なる遺伝子を残しているのだろうか。 また、個体の残された遺伝子は、遺伝子としての本来の機能を失わせた後、どのような意識があるのだろうか。

これも一つの残された課題ではある。

つまり、老いについての遺伝子の考えを知りたくなった。 以下がそれに対する私の私への回答である。

I.老いは高等生物にのみ与えられた恵みである。 たとえば、蝉は成長に成長を重ね、成虫になりあっという間に死ぬ。老いはない。盛りの中での死である。

II.人の場合、明確に老いは来る。40代位から白髪は生じ、閉経も来る。

III.その後、人は約倍以上生きる。

人と他の生き物との大きな差は文明の構築である。蝉のように盛りで死んでは教えることは不可能である。また、彼らは共に共同することもないのだろう。

老いは人に生殖と子育てという大変な苦労の時間を解放する代わりに、教えるという時間を人に与えたのであると思う。Photo_2

この教えるということは、単に教育するということのみではない。教えの一つは、人は老いて、かつ死ぬということを自ずから身をもって教えるのである。

それにより、ある面で、ふとした時、幼い時も、若い時も、壮年期でも、人のはかなさを

人に教え、それが文明の発展の原動力になるようにしたのだと、最近思いだした。

これは、私の勝手な遺伝子の意識の解釈ではある。何時の日か、生命科学者が遺伝子の意識を解明してほしいものではある。

なお、中国人によれば「老」の意味は、日本とは異なり、「長い」という意味に近い。思えば、こうした意味を教えてくれたアメリカ国籍の中国人から日本語の「老い」に該当する漢字は聞かなかった。

2008年8月 9日 (土)

紫煙 過ぎさりし日々はすべて夢幻 残夏の木立の中の窓辺で

明るい残夏の木立を通した風が通る窓辺の座椅子に座りたばこを吸っていた。 私の中学の時の美術の先生である。 家は大きな立木の中にある。アメリカの友の家のようでもある。 なんだかウエスト バジニア的でもあり、私はこの風景が好きである。Img_1502_1_1

先生とは、もう50年近く、行き来している。 結構な陶器を作り、世界の美術館にも収納もされている。

昨年がんになり無事手術を終えた。 久し振りに見る先生は随分と小さくなってしまった。 東京などで個展をしたり、海外にも何度も行った先生であるが。

先生は女ながら煙草がよく似合った。 娘からは煙草は吸うべきでないと言われ、また、私も何度も注意したが、やめなかった。

今は吸っている時、精神が休まるとのこと。 雑談の中で、私の叔母などの話が出て、長寿の話になった。 100才で亡くなった叔母の話もでた。 

100歳まで生きるのはそれはそれで大変だとの感触。

過ぎ去ったことは、夢幻ですねと、私が言ったら、全く、同感した。

庭の立派なウワミズ桜の実に驚く先生であった。 先生はこの地に家を構え随分と経つがウワミズ桜の実には気がつかなかったとのことである。Img_1506_1_2  

先生は柿が好きであり、陶器にも描いたりする。 私が柿の実を送ったりするので、庭の柿の剪定にも意欲を示したりもした。 

残夏の、白い秋が見え始めた午後であった。

2008年6月17日 (火)

日経 瀬戸内寂聴の「奇縁まんだら」の最後の登場人物は?

私は日経が好きな新聞である。もう40年位取っている。 昔、家では産経を取っていた。 今は朝日と日経である。 日経は自由主義に対して実に信頼感がある。 産経はそれは己が守らないと共産主義というか、新たな革新主義に潰されるとおもっているのではないかと、不安が根底にあるのではと、思え好きになれない。

日経の文化面の記事も面白い。 随分と続いている瀬戸内寂聴の「奇縁まんだら」も面白い。 日本の文化人というか物書き有様が見えて、実に面白い。 そして、皆故人に関する記載である。

もし、外人との付き合いがあるのであれば、その記載を読みたい。

それにしても、瀬戸内さんという人は何とも魅力的な人なのだろう。 また、恐ろしく体力に恵まれた人であると関心する。 

この「奇縁まんだら」の最後の登場人物に今は少し、興味がある。 誰を瀬戸内さんが最後の人にするのか。

私は、もしかしたら「瀬戸内さん」本人のような気もする。 本人は生きてはいるのではあるが、年老いた己から見た、ある面で既に死に絶えたてはいるが、それでも生きている、己がこの読み物の最後の登場人物としたら、それはそれで面白いと思うが。

2008年3月 5日 (水)

先人の知恵 食べる風習

今日、日経ビジネスを会社で読んだら、節分の豆まきのときに豆を食べる風習に対する解説があった。 豆まきでは年の数だけ豆を食べる。 つまり、高齢者ほど豆を食べる風習である。

その理由は解説者によると高齢になると豆に含まれるものが不足するとのこと。それで、豆を高齢者ほど食べる風習を作ったのでは?とのこと。

私はこれにに納得した。 日本には幾つもの風習があるが、七草粥にしろ、この豆まきにしろ妥当な風習と思う。 食に関する風習には妥当なものが多いと思う。 これは先人の偉大な知恵なのだと思う。

それに対して、ひな祭りのひなを早くかたずけないと、嫁に行けなくなるなどという風習はなんとも恐ろしい言い伝えだと思う。 これは五月人形屋が始めた風習と私は思う。 

同様に振袖は独身のみ。これも呉服屋が始めた悪辣な風習とおもう。 結婚したら別の着物が必須になる。 少なくとも2種の着物は売れる。 何ともずるがしこいと私は思う。

バレンタインチョコは森永製菓が始めた。 3/14は誰が始めたのか。 

風習は楽しめばよいがそれで脅されたり、金儲けの種にされては困る。

2007年12月 9日 (日)

ニュートン哲学 私としての遺伝子議論の一つの区切り

ここ最近、遺伝子にも意識があるのではとおもうようになった。またその意識は遺伝子の創造体である人の意識とに差があることに不思議を感じていたが、私なりに納得する結論に達した。 これ以降は生命科学者の解明によらねばならない。 何時の日か、遺伝子の意識について解明されることを祈るのみである。

つまり、遺伝子も強烈な生存者願望意識があり、その結果、人間は長生きする遺伝子を獲得した。 

しかし、人はあるときから確実に老いて、生殖能力を失う。 それは女性において明確に現れる。 男はある面で生殖年齢の限界は不明でもある。

この生殖年齢の決定は遺伝子によっているのだろう。 ここで、その遺伝子は大きな役目である遺伝子の転移が止まるのであるから。

つまり、遺伝子は自ら遺伝子の移動を禁止する決定をし、それを実行している。 

ここからは全て仮定である。 人の遺伝子はこれ以上、長生きすると遺伝子が破壊されると考えたのであろうと、私は思い出した。 遺伝子はたんぱく質が主体のものであろう。 それは日光や放射線やものもののものでダメージを受けるのだろう。 遺伝子はそれでも自己修復しているのだろうが、ある年になるともはや修復不可能になり、その転移能力を切る。 そうすることにより健全な遺伝子が継続するのだろう。 

それが女性の閉経であろう。 

男の場合、子供を生むことはないので、その危険はないので生殖能力は女よりやや長い。 しかし、それでも余りに長いと遺伝子に異常をきたしたら以後の人類の生命に重大な損傷を与えるので、そこに限界をもたせたのだろう。

私は生命科学の原点は仙台ウイルスとヘレン細胞であると思っている。 今、山中先生を主体に新しい研究が進んでいる。 それはまさに遺伝子への挑戦である。

クローン生物が長生きしないととの話がある。 先に記載した私の仮説に従えば至極、納得できることではある。

ニュートン力学が生まれたとき、ニュートン哲学が生まれた。 人は遺伝子に操られ、成長し、恋をし、新しい子供をもうけ、そして死んで行く。

全て、遺伝子の都合なのかもしれない。 人をそれを神といい、運命と言うかもしれない。多分、明確なことは遺伝子は必死で生存を求め、そのためにあらゆる努力をする。 そしてそのために己も殺す。

昔、尾崎和夫?か誰かの小説で、人は己のために己を殺すとの話を読んだ。 多分、遺伝子は良好な子孫を残すため必死に努力し、そしてやはり必死になり己を殺すのだろう。

もしそうであるとしたら、遺伝子の移転能力をなくした後の個体に遺伝子は如何なる遺伝子を残しているのだろうか。 また、個体の残された遺伝子は、遺伝子としての本来の機能を失わせた後、どのような意識があるのだろうか。

これも一つの残された課題ではある。

2007年11月 5日 (月)

宗教との関わり合い

小沢は民主党党首を辞めたいとのこと。辞めさせればよい。彼には物事を成す能力がなかったのだ。

ところで、小沢の辞任に繋がる事件であるUSA 9.11の原因は幾つかあろうが、最近は宗教が大きな要因を構成しているというように思うようになった。 特に、最終的にことを成すという点で、宗教が大きくかかわっているのでは。

私は宗教の勉強はしていない。また、本も余り読んでいない。 数少ない中で加地伸行さんの儒教入門は面白かった。 これを読んで、会社の知人の葬儀に参列するときは平服に替えたりもしたが。

キリスト教社会における魔女裁判の記録は随分と読んだ。確かにこれを読むと、政治と宗教が合体したらこの世はまさに地獄となる。 誠に恐ろしいことが宗教の名の元に行われてきたようである。 こうしたことを踏まえ、西欧諸国では政教分離が進んだのであろう。NY 9.11の映像を見たとき、私はイスラエルの無法がこの原因であると思った。 確かにそれもそうだろうが、最近はそれ以外に宗教が深く介在しているように思うようになった。それでも日本は多神教だからと、ある面で安心もしていた。

しかし、オウム真理教は日本で発生した。一神教でもない日本で、しかも仏教の一派として起こった。 なんとも恐ろしいことである。 そしてそれは今もしっかりと活動している。 また、最近、上田では神道関係の宗教で人殺しがあった。

今、世界は政治哲学に希望が見えない。また経済でも世界を席巻しているのは強者の論理であるサッチャーイズムである。経済の原点である救済がなくなりつつある。 確かに、サッチャーイズムは優秀な人の能力は引き出しただろうが、弱い者いじめを広めた。 何とも寂しい世の中を世界に広めたし、今も広がっている。

こうした場で、宗教の影響は誠に心配ではある。

私は人類の発明としての最大は金であると思っている。金で随分と紛争はなくなった。宗教も発明だが、いま一つ、ありがたみは分らない。

宗教、金を越える発明が必要だ。共産主義には宗教は不要とのことも言われたようであったが、それも費えた。

兎に角、宗教と金を越える発明が必須なのは確かだ。

2007年11月 1日 (木)

人も、そしてあらゆる生命体はどんな自己に対して愛あり。 老人の心をBlogで明らかにしては? うつこそが怖い?

なんだか、最近、人も含め、あらゆる生命体は恐ろしい自己愛があり、その自己愛はまた恐ろしく強く、何時如何なる状況になっても、己がかわゆくて、己はいつも美しいと思っているのでは、と思うようになった。 前にも記したが、私の外的な美しさは昔の面影もないほど醜くなり、あれほど良かった記憶力もがた落ちだ。体力も昔は凄かった。

冷静に考えて、昔に比較してよくなったのは、朝早く快適に起きられることのみかもしれない。 

しかし、私はそうした現在の私に絶望していない。若いときは老人は醜かったし、老化はいやなことであった。しかしである。

こうしたことから思うことは、人はもとよりあらゆる生命体の遺伝子には、如何なる時にも自己満足心が刻み込まれているのでは、と思うようになった。 人に冬の時代はないのではと思うようになった。

多くの作家は若いときに作品を書いている。比較的長く生きた夏目漱石でも50代、老人の心は分らないのでは?

我々は若者や若かった我々がかって見た老人のイメージで老人を見て、人生の冬などと称しているのではと最近、思うようになった。

Blogの発達はもしかしたら本格的な老人文学を作るかもしれない。老人が文学を本格的に始める最初かもしれない。その意味でBlogは面白いかもしれない。

ただ、何が、人生の冬かとしたら、それは、つう、なのだと思う。これにかかると人は自殺しやくなると何かで読んだ。

うつは病気とのことである。治る。 

2007年10月31日 (水)

人に老いの悲しみはないのでは?

極最近、人、本人にとって老いの悲しみはないのでは?  とも思う。私も60歳で来年になれば61歳である。 確かに老化はした。昔は理性的な美男子であると思っていたし、そういわれたことも結構あった。 しかし、残念ながらその面影も薄れ、その意味では寂しいことおびただしい。昔の顔に比較すれば誠に卒倒しそうではある。 それでも平気な顔で生きている。それが原因で絶望することもない。

体力的にも確かに衰えた。記憶力も衰えた。しかし、それでも絶望もしていない。

「老いの悲しみ」という言葉はもっともらしくはあるが、本当にそういうことを自覚することはあるのだろうか。 

私は「老いの悲しみ」とは若者の発想なのではと、極最近、思い出した。 人は恐ろしく自己愛が強くて、どんなに、本人が醜くなっても、それでも本人が好きなのでは。そこに「老いの悲しみ」なんか入りこめないほど自己愛が強いのでは。

同世代の人は、これから迎えるであろう「人生の冬」にある面で戦々恐々でもある。しかし、これは若者が作った虚像なのでは。 老人であるから「人生の冬」等ということは少なくとも老人そのものにはないのでは。 Blogの原点である吉田兼行も40台で死にたいなどといったが、それより長生きしていた。

ただし、死への恐怖はある。これが老人の悲しみとすれば、それも納得はするが。しかし、人は誰でも自分は死なないと思うとは司馬遼太郎の見解である。宇野千代も生きていく私などと言っていた。

私は「老人の悲しみ」ももしかしたら若者やマスコミが作った虚像なのではとも思ったりしている。その虚像に皆、追いまくられて、あせりにあせらされているのでは。

私は歌謡曲のグットバイ マイラブが好きである。かの詩はナカニシ礼の作である。若い頃はその詩に納得した。 しかし、今、あの詩を見ると、これは若者の詩であると思った。そのポイントは「忘れないわ」という表現である。苦しい「恋やいとしい人」を忘れることは出来ない。忘れようとしても忘れられないのである。しかし、若いときはそうは私も思わなかった。

老いの悲しみも遠い若者が見た虚像なのでは?  これから、まともに検証したい。

2007年10月21日 (日)

枝の伐採 名前と苗字の順序

狭い庭には何種類もの木が植わっている。例年、台風の時期から枝の伐採が始まる。今年は幸運に台風がこの地に来なかったので、枝が大きくなった。 妻がうるさいので久しぶりに枝の伐採をした。2月末までには全て切る必要がある。 もう何年も続いた秋の家の仕事である。

木の枝を切る時に思い出すことに、名前と苗字の順がある。 昔、明治百年記念行事か何かで、日本特集かなにかがあり、京都の国際会議場で講演会があり参加した。 その時の一人が、日本と西洋諸国の名前と苗字の順番について講演した。

つまり、西洋諸国において、名前が先に出るのは、個人はそのFamilyにとって木の葉であるから先に出すとのこと。1年という一生を過ごすことにより葉の元である木はそれなりに成長するとの見解であった。葉により木は生長する。その積み重ねによりFamilyが成長するとのこと。

一方、日本の場合、Familyは稲であるとの見解であった。そして個人は稲わらであるとのこと。稲やらであるから個人の名前は後からつける。Familyの親にあたる稲は春に芽を出して、子供である稲のわらを作る。そして、成長して実を多数つけ、Familyを拡大する。そして個人としは死ぬ。しかし、Familyである稲は世代を超えて広がる。

従って西洋の文化の場合、全ては蓄積される。一方、日本の場合、蓄積もされるのではあろうが、蓄積はある面で少ない。水に流されるように全てが流れる。またそれゆえ淡白ではある。蓄積されるのは、遺伝子の中に蓄積されるようにも思える。金の蓄積は少ない。 

ポイントは以上のような話である。枝を伐採するとき、よくこの例えを思い出す。確かに、ヨーロッパのあの重厚さを思うとこんな見かたもあるのだとも思う。確かに木は、葉が茂ることにより大きくなった。 伐採したケヤキも随分と大きくなった。

個人はやはりFamilyの中の個人であることは確かである。連綿として続いたFamilyの中に突然として私は生まれ、子供をもうけ、また突然としてこの世からいなくなる。 

上の講演会は20台で聞いた。私は木的な人生を生きているのか、稲的な人生を生きているのか。

庭の女郎蜘蛛は今年も家の庭で生まれ美しくそして成長している。アキアカネも美しく茜色になり戻ってきた。

もの思われるせる秋の日ではある。

2007年10月13日 (土)

還暦前後 それは生物としての死の予兆を己の中に見出すことか? 生き急ぎ

今年、還暦を迎えた。来年になれば61になる。還暦前、還暦の意味なども調べた。還暦とは全ての時節を経験して再度、昔の時節に戻ることを意味するとのこと。 その意味では私の遺伝子は2度目の新しい時期の中にある。その2度目の最初の年も大方終わった。 

今、私が寂しく感じることの最大は、私の友や知人の大方の皆さんが、生きることを急ぎすぎていると思うことである。 もう少ししたら、体力も気力もなくなるから、----しようとの意識が極めて高い。 これはある面で当然のこととも思うが、私にとっては、何とも寂しく感ずる。 

こうした行動を取るのは洋の東西を問わない。60前後になり己の体力の衰えを感じ、今やらないと、もはや出来ないとの意識が根底にあるからなのだろう。 私の義理の母なども温泉が好きで、今行かないととして随分と出かけていた。そして確かにその通りとなった。今は勝手気ままには体力的にも気力的にも無理ではある。

USAの友の一人はUSAを自転車で横断すべく早期退職した者もいた。 しかし、まだ彼は若く、今年はフランス、イタリア、スペイン各国におのおの3週間サイクリングで滞在したとのこと。

確かに冷静になり考えれば、勝手気ままに旅行できるのはもはや余り残されていないのかもしれない。 そのことは十分に理解している私ではあるが、やはり、今を余りにも生き急いでいるとも思え、寂しく感ずる。

ただし、ここではっきりしていることは病気等とは異なり、あと何年生きるのかは不明なことである。 当然、100歳以上まで元気に生きられる可能性もある。 病気との決定的な差は還暦だから病気があるわけではなく、元気なことである。元気であるが、生物的にはやはり衰えてきていることである。

ここで、別の面から、たとえば100歳まで元気で生きるとすると、金の心配も出てくる。 余り、今無駄遣いするのも心配にもなる。 

じゃあどうするのかと問われても答えようもない。 

ただ私はこうした私の気持ちに今は正直に生きたいとも思う。 生き急がずに、今までどおり、夢を食って生きて、何もできなくなり、出来なかったことが最大の後悔になるかもしれない。 それでも今はいいとも思っている。

しかし、明日になれば、また気分は変わるかも知れないが。

人は幾つかの年齢で迷うようである。40前後で迷うことは多くの人に見てきた。この年齢で人は急に視野が広がり、苦しむようにもなる。 人生このままで? となり、よくある家庭崩壊に繋がることがある。 幸運に私はこの時期、人生はこのままでいいと確信していた。

そして多分、還暦前後もそうなのだろう。 特に肉体の衰えは己は当然のこと、友にも歴然として見られる。 この肉体の衰えを見て感じて、どのように行動するのかは、私にとってやはり大きな課題である。 ただ今はいたずらに生き急ぎはしたくないというのは素朴な感情ではある。

2007年9月16日 (日)

男は霞を食らって 女は現実を見て

私の会社生活の殆どは研究関係である。 昼休み、雑談するとき、退職後の話が良く出る。 

私も含め、男は山や海のある静かな場所での生活を夢見ていることが多い。 一方、50以上の女は都会での生活を希望する。 女が都会の生活を希望する理由は生活しやすいからである。

男は自分で土地を開き、野菜を植え収穫して食べることを一つの理想としている。 

私の周りの男は大体、野菜の作り方も知らない。それでも、自分で作りたいと思っている。 私の周りの女も野菜の作り方は知らない。 そして、私の周りの女は野菜などを作りたいという人はいない。 近くのお店で買って食べたいと思っている。

最近、男は本当に霞みを食う生き物だとも思うようになった。 私の周りの人は研究関連が多いのでそうなのかもしれないが、ある面で、霞というか夢というか、その中にいる。

女はそんな中でも、霞は食べず、現実を食べている。

私が最初から家庭で食事を作り、子育てをしたら、やはり現実を食べる男になったのだろうか。 それとも、やはり霞みを食らう男になったのだろうか。

2007年6月11日 (月)

悩みなき一時 いつも悩みはあり

0705_3 多分、悩みの無いときは一時なのかもしれない。 

そして、何時の時代も、異なった悩みがあるのかもしれない。

わが子が無性に可愛いのも一時なのかもしれない。

私は今は信なき時代とも思っていたが、それは昔からそうであったのかもしれない。

そうであるから宗教に信を求めたのかもしれない。 また人に信を求めたのかもしれない。 

信長は仏教には信は求めなかったようだ。 私は彼はキリスト教には少し信は置いたようではあるが、彼が本質的に信を置いたのは人なのであろう。

しかしその彼は人に騙され続けてもいた。 しかしそれでも彼は人に信を置いて、最後に殺害された。

彼が置いた信とはもしかしたら「人は必ず改革するということであったかもしれない」。

彼は壮大なことに信を置いたのかもしれない。 今はだめでも、次の人が、次の世代が、良くなると言うことに信を置いたのかもしれない。

孫の誕生を見て、娘の子供の頃を思い出したと、実に幸福そうな文を送ってくれたかっての片思いの人からのMailがきた。

いつも悩みはあるが、悩みがあるということは一緒であるとは、「されど我らが日々」の中の一文ではあるが。 これは心救われる文でもある。

信なき時代、信があるようにも思えた時代も、信は無かったのかもしれない。 もともと信など無かったのかもしれないし、それでも人は生きてこられたのかもしれない。 ただ、明日があれば。

明日という字は実に凄い。確かに「あかるいひ」なのである。 これが全てなのかもしれない。 

中国人に明日の語源の話をしたら、それもいうこともあるか? 工学博士というより哲学者とも言える彼は明日と言う語源を「日が来て月がきて、日がくるから」とえらく理論的な話をした。 それもそうかも。

2007年4月18日 (水)

恨みのコントロール 今年は恨みが爆発

今年は暗い年になるのかもしれない。 奥さんがご主人を殺しばらばらにした事件に始まり、長崎市長の殺害、そしてUSAでの大学での大量殺人。

これらの原因の詳細は現時点では不明ではあるが、何か、恨みが共通の原因のように思える。 

特に、USAの事件についてはやはり、韓国における「はん」が気になることではある。韓国における「はん」は日本における恨みとは異なるとも同じであるとの解釈があるが。

ただ今回の事件は短い恨みではなく、長く蓄積された恨みが底にあるように思える。 恨みをいかにコントロールするかは極めて大切であろう。

今年の念頭に話題になつたばらばら殺人事件のとき、かなりの人が、殺人する前に何ゆえ離婚しなかったかとコメントしたが。 しかし、多分、離婚の原因は恨みではなく諦めであると私は思った。 相手に諦めがつけば離婚は出来る。 しかし諦めの前に恨みが残れば、それは殺人に繋がると私は思った。

今、世界は恨みを拡散しているのではないだろうか。 ブッシュの始めたイラク戦争は確実に恨みをイラクに植えつけ、それを拡散させている。

この根本的な原因は英国の無責任なイスラエル建国約束に起因するのだろう。

宗教は本来はある面で、人間の心にいつも芽生え、自己拡大する恨みをなくすのが大きな目的と思うが、結果としてはそうではない所が多々ある。

人の行動の原点は幾つかあるが、恨みも最も救いがたいもののように思える。

赤穂浪士の大石は恨みに基いて行動したのだろうか、それとも武士としての正義感からの行動であったのであろうか。

また、赤穂浪士により討ち取られた吉良家関係者が屈辱と幕府の取り締まりの中でどのように自己の心を修めたかを知ることも大きな遺産であるのかもしれない。

もっと最近のことであれば、沖縄戦争における日本軍と住民との関係なども同様に、いかにして心を修めたのかも知る必要がある。 諦めも心を修める方法かもしれないし、戦うのもまた心を修める方法かもしれない。

2007年3月16日 (金)

大腸検査 水生生物?としての大腸 不思議で不思議な世界

今日、初めて大腸の内視鏡検査を受けた。 数年前、ポリープがあるように思い、受けようとしたが担当の医師は必要ないとのことで受けなかった。

今回もポリープがあるように思い、医師と相談したら担当の医師はもうそろそろ受けたほうが良いから受けたらとのことであった。 胃カメラもそうであるが画面がくっきりと見える。 結果としてはなんともないととのこと。

画面を見ながらなんとも人体は凄いと思った。特に内臓は凄い。大腸は水生生物のようにも思えた。

水の中に住みながら水虫にもならないし、くさい大便を作りながら恐ろしく綺麗でミズミズシイ壁面である。

どうしてこれほど綺麗な壁面が作られるのか、顔の肌よりミズミズしく、人体は不思議で不思議で不思議である。

人の発想力も凄いがそれを作る人そのものが凄く、不思議な世界であることに改めて驚いた。

2007年2月12日 (月)

遺伝子 この恐ろしきもの

昔、母が母の若いときの写真を示し、これが若いときの自分であるといった。私にはそれは理解不能のことであった。私の兄弟は10歳以上離れている。なんだか、若いときの母は姉のようにも思えた。 私は末っ子であり母が40の時の子供であった。 そんな関係で私が物心つくころには母は50歳に近かったものと思われる。

最近、人は老化するのだということがなんとなく分かるようになった。いままでは老化するとは頭では認識していても理解はしていなかった。

しかし、遺伝子とは不思議なものである。誰がこうしたものを作ったのか。生まれ、成長し、老いゆく、誠に不思議なsystemを作ったものである。 

特に老いという時期を作ったことは不思議である。 何時までも若さを保ちたいというこれも多分、これも遺伝子が作った欲望なのだろうが、それと相反する、老いるという遺伝子を作ったことは誠に不思議なことである。若さを保ったままの死ではなく、老いて後の死であり、それはある面でむごたらしいものがもしれない。 兼行が四十路にてしにまほしといったことも理解できることでもある。

癌はある面で遺伝子を逃れた遺伝子でもある。癌の発生は老いはじめるころであり、老いを嫌う遺伝子がいて、それが老化を嫌い生き延びようとして発生するようにも思える。しかし、それにより生物としての個体は死滅するわけではあり、矛盾が内在しているが。

ただ、癌細胞は巧く飼えば発生源の個体を離れても永久に生き続ける。ヘレン細胞がこれで、昔、私はがん細胞をうまく使えば、人は永続可能であると思った。 私は生物の知識はないのでこの研究はできないが。

人の凄さはいろんな局面でやりくりすることである。manegmentである。若いときもそれなりのManegmentは必要であるが、老いのManegmentは色んな意味で本当のManegmentのように思う。 

その意味では老いを如何に生きるかは本当に人間くさくて面白いものなのかもしれない。

2007年1月17日 (水)

保守の親分、家康の晩年の思い

家康は色んな辛酸な目にあい、人の底知れぬ暗さは知り尽くしたであろう。 それを生かして彼は固定社会を構築したのであろう。 かれの晩年の思いが知りたい感じがする。

ある面で、私の世代は理想を失った世代でもある。若かりし頃、社会主義に希望があるように思えた。しかし、それは失敗した。失敗の原因は、社会主義が人の底知れぬ暗さを知らなかったためだと思っている。

サッチャーに始まった新保守主義は人は怠け者であることを見抜いてイギリスを立て直した。イギリスは所謂、大企業病であったのだ。 しかし、人は怠け者との発想は余りに寂しいことではある。

しかし、怠け者であることも現実であり、それから目をそらせても解は得られない。家康は最後にあらゆる悪知恵を働かせて秀頼を殺した。この過程での彼の心境はただ徳川一族の安泰のみを考えたのであろうか。もう悪に徹したのであろうか。

それとも為政者として世の太平を願い、秀頼を殺したのであろうか。

今の世は、人は怠け者であることに、世界の人が納得した世であり、これほどまでに人が人に失望した時代は無かったのではないか。 その一つの動きが、負け組みの構築、working poorの固定化、子供殺しであり、振り込めさぎであるし、ブッシュのイラク戦争であろう。

この絶望のふちに立つ今の人類は新たな理想の社会を目指す必要がる。 個人の健康に注意を払うのは極めて大切ではあるが、それのみでは人間不信の社会に救いはない。

宗教も戦争の元だし、それにも救いは無い。

2007年1月11日 (木)

野球に見る男の顔 中村はわがままな子供

私は少し野球をやった。また勉強もそれなりにした。

勉強は人を作るものであると今でも思っている。勉強をせよと親から言われたことは無かった。私は子供に勉強せよと言ってきた。それは勉強が人を作るからであると思うからである。勉強するには何としてもそれなりに我慢が必要である。我慢からの離脱の誘惑に負けては勉強はできない。勉強の中には本人にとっては幾つかの発見がある。それは面白いことである。子供の時でも勉強の中で幾つか発見はあった。マスコミは勉強せよということに嫌悪感を持っているようで情けないとも思う。

私から見ると大体のプロ野球の顔は恐ろしいほど素晴らしいと思う。よくこれだけ素晴らしい顔の男たちが集まったのだと思う。イチローの目つきも鋭い。松井のあのニコヤカサには勝てない。野茂も実に美男子である。新庄も美男子である。小さな巨人である桑田もしぶとい男の顔である。 田口もひたむきさ、まじめな人間性が出ている。 私は彼らの顔は野球が作ったものであると思っている。野球には一対一の真剣勝負は必ずある。打席に入った時がそれである。ここではあらゆることを打者も投手も野手も走者も考えに考える。実に研ぎ澄まされた時間である。一方、実に紳士のスポーツであると思ったことがある。それはバックアップで見られる。あえてバックアップする必要がないと思われるかも知れないときでもする男もいる。それは守備で見られる。私は試合をするとくたくたに疲れた。玉を追いかけるのに疲れるのではない。失敗や期待に応えられなかったことなどで精神的に疲れたのだ。試合の2,3時間であれば当時、よく行った夜行電車の登山の比ではない。

この一対一の真剣勝負とサポート精神が野球人を作る。サッカーにみられる荒々しさを顔に刻んだ男の集団とは別である。

いま話題の中村は残念ながら野球で精神的な成長はしていない子供である。大リーグに行く行かないでおおもめし、またおおもめしている。それが彼の顔に出ている。彼は日本の野球でも大リーグでも野球を馬鹿にしてきたのであろう。特に大リーグで自分というものをみつめることをしなかったようだ。 今後の彼の人生が少し心配だ。

今度、大リーグにゆく井川が同様に少し心配である。彼の顔も野球で鍛えられた顔ではない。少しだれた顔である。阪神がだらけた顔にしたのか。彼も野球に納まりきらない大物であれば良いが。もしそうであれば野球以外でも活躍できるであろう。

2006年12月13日 (水)

冬眠する動物たちと冬

久しぶりに福井に行った。 敦賀の手前の新疋田あたりから見る山々は降った雨が霧となって立ち上り、暗い鉛色の空の下でそれでも全体には青みを帯びた灰色の中に幻想的な景色を作っていた。 

北陸トンネルを出ると少し雪があった。 もしたらしたら根雪になるかもしれない雪であった。 空には青空はなくただ鉛色が広がっているばかりであった。 

私はこうした冬の日本海側の空には弱い。この空は好きになれそうも無い。 

熊などはもう冬眠に入ったのであろうか?

こうした冬眠する動物たちはこの無明を含んだとも思える空を見てどのように思うのであろうか。  やっと平和な安眠の時が来たと喜ぶのであろうか。 人が眠りにつくとき、大体は満足感がある。 熊たちも長い冬眠を楽しんでいるのかも知れない。 もしそうなら、この鉛色の空も彼らにとっては素晴らしい安眠を約束する雲なのかもしれない。

巡る季節は皆同じであるがやはりそれぞれに異なるのかもしれない。

2006年11月18日 (土)

いじめは日本人の本質 いつもある

前にも記載したが、日本人はいじめる気質がある。 学校の教育や学校の人数には関係ない。 私は一時、いじめられた。 田舎の小さな小学校でであった。 私をいじめた人とは今は付き合いはない。 一人は中学生のときに死んだ。 あとの一人はどうしているであろうか。 私がいじめられなくなったのは彼らにけんかで勝ってからである。 また彼らは勉強もできなかった。 

今、子供が自殺すると学校や教育委員会が話題になるが、いじめた当事者が最も悪い。いじめの当事者が子供であるからとして調べられないとしたらそれは問題だ。 いじめた当事者の行為が自殺の原因なのであるから、やはりいじめた者をしっかり調べる必要がある。 

私は中学生や高校生でいじめる者は、かなりの比率で犯罪行為をしていると思う。 金を取ったりするのは明確に犯罪行為である。 ズボンを皆の前で脱がすのも犯罪行為である。 何ゆえ警察がそれを調べないのか不思議である。

学者もいじめる者を調べる必要がある。 繰り返すが、子供であるからとして警察や学校がいじめた者を調べないとしたらそれは大問題だ。 かれらを調べたらいじめの原因も分かるし、犯罪行為もあることが判明すると思う。 またいじめる者を教育する方法も分かる。

学校の先生もなぜ謝る必要があるのだろう。いじめた親はなぜ謝らないのだろう。誠に不思議で、いじめた親を私はいじめたくなる。

小学生の頃のいじめは、異分子へのいじめである。しかし、全てのひとがいじめるのではないから、いじめをする者はやはり体質的なものか、生まれ育った環境に原因があったものと思う。 私をいじめた2人は貧しく、また心も貧しい家庭であった。

今、子供のいじめ、中学、高校生のいじめの心理学をしっかり把握する必要があろう。また大人におけるいじめの心理学もしっかり学ぶ必要がある。 これをやれば日本人に巣くういじめの本質と、それへの対策が立てられるものと思う。

 

2006年11月12日 (日)

理解できないこと 未体験 過去からの縛り

小学校何年の頃であろうか、東京に行った。東京に行く前、東京はいつでも人がいっぱいいるが、それはお祭りではないから、間違うなと言われた。 夜の東京に行き、本当にいっぱいの人がいて、私はお祭りかと、父に聞いたが、お祭りではなく、いつもこうだと言った。 私はやはり、お祭りだと思い、父のいうことが理解できなかった。

小学5年の秋、日光へ修学旅行に行った。 学校が小さいので5年と6年が一緒に行くのである。 バスのガイドさんは車中、日光の説明をした。 中善寺湖あたりは紅葉の真っ盛りであろうが、奥日光はもう枯れ葉だろうとのこと。私は、高度により紅葉の時期が変化するのが理解できず、このガイドさんは何を言うのかと思った。 しかし、奥日光に着くとほんとに木々は落葉していた。

小学校1年のとき、5,6年は大人に思えた。3,4年も結構大きくたくましく思えた。 私が3年になったとき、今年の4年はえらく小さいなと思った。 それは私が年とともに大きくなったことに気がつかず、一年の時のイメージで4年を見ていたからであることに後から気がついた。

未体験からの想像の欠如、過去のイメージからの脱却の困難、理解できないことには色んな原因がある。 

元素が集まり分子になり、たんぱく質になり、それが突然、意思を待ちだす。 かなりの動物は意思を持つ。 しかし、その意思は遺伝子の働きに比べたら桁違いに少ないようでもある。 

アキアカネは冬が近くなったとき、来年まで生きようという意志があるのであろうか。 来年という時間があることを認識しているのであろうか。

2006年10月16日 (月)

いじめは日本人の本質 残念ながら

いじめが大きな話題になっている。 残念ながらいじめることは日本人の本質のように思う。 大日本帝国陸軍における信じられないようないじめは、私の尊敬する故山本七平さんが詳しい。

日本人は全体としては健全な民族ではある。 それは前にも記載したが吉田兼好により示されている。 が、こといじめに関しては、残念ながら、優れたものではない。 

そのことは、お互いに認識する必要がある。 このいじめは、幼い頃でもあるから日本人の本質であろう。 特に異なるものに対しては全ていじめる。 

このことはしっかり認識しないと日々の中でいじめる。 これは大人も同じである。 大人の女にもあるとの話もある。 多分、被差別の件もその一部であろう。

米国に行って一番楽しいのは挨拶をすることである。ホテルのエレベーターの中でも、電車のプットホームでも軽い挨拶とジョークがある。 ホテルのエレベーターであればDid you enjoy NY ? etc.

日本で下手に挨拶すると、「がんを付けた」とすごまれることがある。 その意味では、異なる価値観、知らない人に対して、なんとも寛容のない民族である。

はっきりしているのは、「いじめる」民族であるということを認識して、それへの対応をする必要があることである。

今後、世界の民族と接触する機会が増えるわけで、己の長所と短所はしっかり認識して行動する必要がある。

2006年10月 7日 (土)

与えられし物 自分が作った物

最近、人を含む自然の素晴らしさから、人も含め、この世は、何者かに作られたのではないかとも思ったりもする。 ただし、全部が与えられたものではなく、自分が作る部分もある。 最近、はやりの言葉に、「自分をほめたい」との言葉がありますが、これは与えられた自分に、自ら作った自分が、予想外に優れたことをしたので、ほめることかな、とも思う。 もしかしたら、逆? 

「案ずるよりは生むがやすし」ももっと身近な同様の感覚?   いずれにしろ、何か自分の中に固定観念があり、それを努力により突破したときの感覚が「自分をほめたい」との表現であろう。 ただ、そうした感覚も与えられたものだとしたら、少し寂しい感じもするが。

ここでかなり確かなことは、「自分をほめたい」という体験をした人はそれなりに自信を得て、その後の人生に対して自信を持つものと思われる。

こう考えると、天は人に自信を与える試練として、このような感覚を与えたのかもしれない。

親鸞の「悪人---」の話も、悪人がやはり与えられたもで、今の自分は本当に「善でありたいのだけれども」、与えられた悪が善に勝ってしまう。 そうしたら悪人こそかわいそうであり、極楽に行ける。 ただ、本当に極悪人もいるようですが。

しかし、人は本来、善であるのに、極悪人に作られたのが、無慈悲である。だから極楽へ行かせるべき、と考えるとなんとなく納得。--- この発想は親鸞宗に合致しているのか否かは知らない。

ただ、この発想は恐ろしい発想に繋がりそう。 この世にいるのがかわいそうなのであれば、殺したほうが幸福になる、との単純であるが根源的な発想に繋がる。 特に輪廻転生を信ずれば。 また死刑も同様に特に問題は無くなろう。

最近、直感的にこの命は自分のもののようでもあり、天がくれたもののようでもある。 この感覚は、やはり天が与えた課題なのであろうか。

 

2006年7月24日 (月)

心の成長期40台 その意味 そして還暦

40台は多分、心の成長期であるようだ。 成長期には幾つかあるが、40台も大きな成長期で、ここで伸びると社長などになる。 よく、あんな男がよく社長になったなと、言うことを聞く。 学生時代からは思いもつかないなどともいわれる。

それは、社長になる者が40台で大きく成長したからであろう。ここでの悩みと、戦略構築力などを最大限に発揮したからであろう。 18歳の頭は大学を決める頭であり、22の頭は会社を決める頭である。 18歳の頭が良くても、40の頭とは異なるのである。

従来、40台の心の成長に関する学問が無かったので、40の頭の成長に関する知識が無いだけなのであろう。

しかし、それにしても40台の心の成長は凄い。 人生にも悩むし、同時に視野が恐ろしく広がる。それがまた人生を悩ます。そしてこの組み合わせがうまくいったとき、社長になったりするのであろう。 大器晩成の人はこのタイプなのであろう。 

あせって、人生このままでいいの? と浮気に走るのも、また一つの人生なのであろう。

それにしても天はなぜ、この時期、体力もそこそこあり、美貌もそこそこある時期に、かかる惑える、悩める時期を、人に与えたのであろう。

もしかしたら、生物学的に取り返しがつく、再度のtryができる最後の時期として、天は人に試練ではなく、機会を与えたのかもしれない。 心の悩みがあるときは必然的に成長も伴うものかもしれない。  

そして、還暦、それは全てを経験した遺伝子が、心が再度の旅立ちをするときである。 2度目の経験を迎える遺伝子は、心それに飽き飽きするのか、それとも慣れたこととして捕らえるのか、はたまた、全く別の時としてとらえるのであろうか

2006年7月23日 (日)

神の与えし試練 なぜこれほどまでに

来年、下の子は卒業し、本人の希望の会社に就職する。子育てという役目は一応終了するものと思っている。 しかし、それにしても天は、神は人に何ゆえこれほどまでの試練を人に与えるのであろうか。

小学校の低学年までは直であったのが、突然反抗期になる。子供に何ゆえ反抗するのか聞いたが、子供にもそれは分からないのである。心の中から何か本人にも分からない反抗心が出る。 この時期、子供の友達は不良になってしまった。 私もその子は良く知っていた。家にも遊びにもきたが。

そして40前後であろうか。 今まで封印していた人生、いかに生きるかとの思いが出てくる。 これも結構、強いおもいである。40台はまさに心の成長期である。

物事が見えて、戦略的なことが得意になる。兎に角、世の中を見る目が広くなり、比較なども得意になる。 当然のこととして、このままの人生でいいの?との思いが募る。 一方、戦略的な仕事に悩殺される人にとっては極めて楽しい時期でもある。 

かたや、子育てが一段落した母親にとっては苦しい時期でもある。子育てが終わり、時間ができたから、かかる空虚な感に襲われるものかと最初は思ったが、それは違うようである。それは最初から、ちょうど子供の反抗期のように天から与えられたものであるようだ。子供の独立心は強くなり、旦那は戦略にのめり他社との付き合いが増え、宴会も多くなり帰宅も遅くなる。 日増しに、人生如何に、このままでいいの? は募る。

こうしたことが人類にとってどのような意味があるのかは私は知らない。しかし、40台には神の与えた試練が待ち受けているのは確かなようである。

心の成長期であることは確かであり、そう考えると度胸もつく。 本当に悩みに悩んで、そこから新しい世界が見つかるかもしれない。  

幸運か不運かは分からないが、私は戦略的なことをしてきた。それは面白いものであった。 反面、高校のときに封印した、大学のとき一部開封して人生論はおろそかになったかも知れない。

2006年7月22日 (土)

身近な生物における黒 ゴキブリ からす

今日、ゴキブリを殺した。実にすばしこい。そして、最も凄いのは、こちらの動きを察知する能力である。 前から近づくと逃げられるとは、妻の弁である。 人に付きまとい、人の周辺で生き抜くには、これほどの凄さが要求されるのかもしれない。

同様に、からすも人の周辺に住む。彼らの観察力も恐ろし凄い。鉄砲を持っているとその行動範囲には絶対に入らない。鉄砲でからすを撃つのは至難のわざである。しかし、こちにが無力であることを知ると実に大胆に人の周りにもくる。悪さの限りもする。 

その意味では、両者は共通点が多い。飛べる能力、観察力、そして黒いこと。知恵ある人から食い物を掻っ攫い、しかも、人のそばで生きるには、知恵と、見えにくくすること、として逃げられることがポイントなのかもしれない。

2006年4月11日 (火)

日本人は健全な精神構造

吉田兼好の徒然草が永続したのはすごいことだと思う。 これほど冷静な本が歴史の中に埋もれず、永続したのは日本人の心の健全さを示すものだと思う。 

堀池の僧正の話も面白い。人が気になって気になってどうしょうもない人がすでに存在していたことを兼行は知っていた。 芸能レポーターのような人は昔からいたのだ。 それにしても芸能レポーターは何が面白いのだろう。彼ら、彼女らの生きがいは何なのであろう。私には想像もつかない。

また、工事中にマムシがたむろしている所に遭遇し、蛇のたたりと恐れる人もいたし、恐れることはないとして、それを川に捨てさせたとの記載もある。そしてトラブルはなかったと兼行は記載している。 たたりを恐れることは昔もあるし今もある。それを冷静に兼行は記載し、無用なたたり論を戒めている。 

こうしたことを記録した人がおり、それを永続させた人々がいる限り、長期的には日本民族は健全であると思う。

兼行は徒然わぶる人の心は理解できなかったのかもしれない。しかし、そうした人がいることは十分に認識していた。 心持は理解できないがその存在は認めていた。その意味で、その心は恐ろしく広い。

日本人が一時的に古代ナスカ人のように整形に凝っても、いつかは元に戻るものと思う。

2006年4月 9日 (日)

ナスカの人々 長い顔への整形

ナスカは現代人に色んなことを投げかける。

ナスカの地上絵もそうだ。地上絵は壮大で、地上からは全体が見えないとのことで、その絵の目的を含め、何ゆえこうしたものを作ったのか、不思議になる。

そして、もう一つはこれらの絵を作ったと思われる彼らの遺骨の顔の形状もだ。遺骨の顔は異常に長い。それは突然変異で作られたのではなく、一種の整形であったようだ。乳児か幼児期から長い顔は作られたようだ。

地上絵と同様、長い顔を作ったことも不思議た゛。

私は孤立した文明や、技術革新の停滞がその原因だと思っている。外界との接触がなく技術革新が無いとき、人は人の心や体に注視するようになるのではないのだろうか。 また文字の普及が低かったことも一つの原因であると思っている。文字は記録を可能にし文化の交流や広がりを容易にする。こうした状況の中で彼らは身体に特別、注視した。 なぜ、長い顔を好まれたかは不明ではあるが、結果として、長い顔に整形した。

日本でも江戸時代は刺青も盛んであったようだし。

昔、若者の茶髪を見ると、ナスカの顔の長い遺骸を思い出した。男のピアスや鼻へのピアスを見ると、やはり、時にナスカの長い顔の遺骸を思い出す。

若者に夢が無いのかもしれない。

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