立花さん 馬鹿なことを言ってはいけない。 全てが国策捜査ではない。 言葉のあやではぐらかすな。
文芸春秋の立花さんの記事を読んで、立花さんの論点に情けなくなった。今回をもって彼に対する反論は止める。 残念ながら、彼は反論するに足るジャーナリストではなくなった。
彼によれば特捜はすべて国策捜査であるとの主張をしている。何とも情けないことを言い出した。 現在使われている国策捜査の意味は彼の意図していることとは別の意味である。
彼はそれを十分に認識していながら、言葉のすり替えで誤魔化そうとしている。
前にも記載したが立花さんの論文というかそうしたものは最近、随分と突っ込みがなくなっていた。 彼が数年前に文芸春秋に記載した第二次大戦関連の記事は余りに他の人の引用が多くて、とてもジャーナリストのそれではなく読むに堪えぬものであった。 私はそれを読んで、彼も老化というか衰えたというか、探究心がなくなったと思い実にさびしくなった。
人は老化するものだが、彼もジャーナリストとしては残念ながら老化しすぎたのだろう。
立花さんは別にして、特捜がリークした二階を立件するとの記載はその後、どうなったのか、特捜もマスコミも公表すべきである。
立花の記事と同じ文芸春秋に記載された京大・中西さんの文は保守としての素晴らしい文である。
何度か記載したが保守の原点は性悪説とのことである。中西さんはそうした観点から実に素晴らしい文章を書いている。
人は政治家や医者などに過剰に期待するのは止めるべきであろう。政治家も医者なども私と同じにすぎない。時たま恐ろしく潔癖な人はいるが大体の人のレベルは大差はない。
昔、ある人から50万円あれば誰でも買収できるとの話を聞いたことがある。私は嘘だと思ったが、ばれないと思えば、確かに大体の人は買収できるのかもしれない。
それでも「どっちもどっち」ではなく、少しでも良い方向に少しでも努力することがポイントであろ。
国策捜査に負けて、所詮「どっちもどっち」や、「泣くこと地頭に勝てない」などとあきらめずに日本を少しでも良くするように努力することがポイントであろ。それこそが国策捜査を始めた特捜に対する対抗手段であろう。
立花さんについて言えば、晩節を汚すことなく引退してほしいと私は思っている。

















































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