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2008年12月29日 (月)

山に根雪が。 金融危機は突然ではない。 それはサッチャー主義の負の側面である。私は昨年7月に警告した。 サッチャーは福祉政策に地獄を見たかもしれないが、自由主義に地獄をみたのが我々であろう。しかし、その地獄が本格化するのは来年からであろう。

それほど遠くない山に根雪になると思われる雪が積もった。Img_1965_1

それにしても今年は暗い年であった。 幾つかの無差別殺人があった。 その犯人は派遣社員が多かった。

そして、年末には無策の経団連、当事者意識のない麻生、中川コンビにより、解雇者が続発している。

昨年の7/27のNYの暴落時、御手洗経団連会長は先を読むことができず、様子見に終始した。

私は7/28にNYの暴落はサッチャー主義の負の面がアメリカに広がり、その影響で暴落したのであるから、これは生易しいことではないと記載した。

現実は、誠に残念なことにそのとおりになってしまった。景気の急変について、余りに急激で対応が取れないとの見解もあるが、それはあまりに無責任といえよう。

作夏には上記のとおりNYで株の暴落があった。私はそれは土地だけでなく車にも波及すると述べた。 私は経済に関しては素人である。それが一年以上も前に予測していた。マスコミも含め、余りに呑気というか、すべてが早くなっていることに対して鈍感過ぎる。dog yearと言う話がある。それは開発において使われる言葉であった。開発が大幅に早くなるとすれば、トラブルの波及もやはり早くなると考えるのが当然である。 

今回の暴落、派遣切などはすべて、サッチャーに始まった新自由主義の負の面が出たことに起因する。

サッチャーは福祉国家の中に地獄を見たのであろうが、我々が今、さらに来年に向かって見るのは新自由主義の地獄であろう。

福祉国家の中の地獄は、多分、最低レベルは確保できていたのではと推察するが、新自由主義での地獄は、最低レベルが恐ろしく低いものとなろう。

ここで、改めて分かったことは、新自由主義にも失敗も、心の腐敗も発生することである。そして、特に心の腐敗、堕落の深さは新自由主義では底知れないものであることが、アメリカのサブプライムで明らかになった。

「土地ころがし」という言葉は今でも使われる。「株ころがし」という言葉は聞いたことがない。昔はあったのであろうか。株とはもともと、コロガスものであったのだろう。それゆえ、そうした言葉がないのであろう。

金融工学とは、すべてを「證券ころがし」にした。それがノーベル賞とは、ノーベルもお墓の中ではなく、どこかで嘆いているだろう。

ハイエクは人間はどうしょうもないものであるとの思想であったと記載を誰かの本で読んだ。

福祉国家でも、自由国家でも、全体主義でも人はそれぞれに地獄を見た。ただ、地獄の程度は福祉国家の時が最も程度が浅かったように思われる。

来年から、いよいよ新しい経済の構築がスタートするのであろう。

産業面では私はエネルギー革命が近々、起こるものと推察している。太陽光発電、風力でありバイオエネルギーである。それを貯蔵する電池である。

従来との最大の差は、エネルギーを備蓄する手段を確保しつつあるということである。従来においても揚水発電などはあったが、近年はより効率的なシステムができつつある。

離陸期を迎えたこうした新エネルギーシステムが本格化すれば、世界のエネルギー状況は随分と多極化するものと思われる。それは三度目のオイルショックがあってもよりマイルドにするものと思われる。

2008年12月28日 (日)

逆風でも、季節は巡る。 冬の虹それぞれ。 春も遠くはない。 

先日、よく行く紀伊長嶋に魚釣りに行った。残念ながら大きな魚は釣れなかったので釣れた魚はすべて逃がしてきた。

燦さんとした陽光はなんとも羨ましい。それでも日帰りでこの陽光に会えるのであり、その意味ではありがたいことである。 

そして、驚くことに蝋梅が香り高く既に咲いていた。陽光といい、香り高い蝋梅といい、師走という感じではなく春である。

夕暮れ近くに、熊野の山から熊野灘にかかる虹を見た。随分と高い虹であった。

私の地は師走の寒風が吹いている。それでもやはり春の花である菜の花が咲きだしている。Img_1956_1

これから何回かの雪に会うのだろうが、けなげに咲いている。春にはこのあたりはなの花に包まれる。

今の時期のこの地の虹は低いことがある。雪雲で高い虹は出ないのである。Img_1958_1 Img_1962_1

それでも、あと3月もすれば春まっ盛りである。

諦めづに努力すれば、もしかしたら、いいこともあるかもしれない。

2008年12月26日 (金)

どうしてこれだけ、あほで、馬鹿で、間抜けの最低の麻生が誕生したのか。 どうして不況対策を世界に示せるのか? 渡辺のほうがまし。子供たちはしょせん子供たちのままか? 

誠に、日本の政治、経済は惨憺たる状況である。 その筆頭は何といっても、どうしょうもないあほで、間抜けで、馬鹿な麻生である。

彼は少し前、日本は不況を経験し、そしてそれを克服したから世界を指導できるとか、言っていた。G8かG20かでそうした発言を世界に向かっても言っていた。

その日本は今、首切り旋風に揺れに揺れている。 麻生が世界に示す不況対策とは、首切りを世界にPRすることなのか?

何度か、記載したが麻生、中川の当事者意識のない者たちが、日本の株をさらに下落させ、アメリカ発の世界経済の混乱に輪をかけたのである。

多分、あほの麻生は、世界に不況対策を教えられるとしたことももう忘れているのだろう。もし覚えているのであれば、即刻、それを現在の日本に実施すべきである。

日本の株価の下落がなんとか留まっているのは空売りの禁止の効果である。その空売りの禁止までにも随分と時間がかかり、その間にも随分と株価は下落した。

あほな麻生の取り巻きの経済学者は投機の場を知らない。空売りしても理論的には株価には影響ないなどという。 そんなことはない。空売りの決済は当日に済んでしまい、買い戻しによる期待はないのが現在の空売りなのである。

それにしても、ここ数年の経済の理論にはおかしなものがあった。その代表的なものが、企業が金を持つことを経営の無能とする理論があった。企業が稼いだ金をもつのは投資効率が低い証拠であるとするものである。

結局、こうした理論の行き着く先は、安易な金融商品の開発、てこの原理を活用した買収などに向かってしまった。銀行も農協の親分も融資ではなく、証券の販売で利益を得ようとした。同様に大学もである。

企業にしろ、個人にしろ事業をするにおいて、余裕は必要である。こうした理論は企業も個人にも余裕を無くさせてしまった。 その結果が即の首切り、膨大な赤字である。

日本企業がバブル後に長い景気を維持できたのは、残念ながら添付のようにポイントは非正規の多用によるコストダウンが大きなポイントである。3

現在の首切り旋風はこうした経済の必然的な結果なのである。

日本は世界に向かって、こうした政策を不況対策としてPRするつもりだったのだろうか。

これでは、世界の町に再度、失業者があふれる。まさに、大恐慌になる。

渡辺の方がずっとました。それにしても、小泉の子供ちた、チルドレンはなにを考えているのだろうか。しょせんチルドレンのまま成長せずにあだ花として枯れて行くのであろうか。

2008年12月24日 (水)

ふと思った直感の世界 巨大バブルの発生時期と所得格差の関係 高額所得者の所得比率が大きくなるとバブルが発生者しやすくなるのか?

添付081224_img は図録から引用した高額所得者の所得比率の推移のグラフである。

これを見て直観的に思ったことは高額者の所得比率は第二次大戦前後で世界的に低下したことである。

そして、最近、アメリカやイギリスは急激に再度、高額者の所得が向上していることである。

ご存じのとおり、大恐慌は1929年にアメリカで発生した。その前後の比率に2000年のアメリカの比率は近似していそうである。ご存じのとおり、2000年にはITバブルがはじけた。 残念なことに、この表にはアメリカやイギリスの昨年のデータはない。

バブルの時期に高額所得者の所得が増大し、それがある値以上になると特に巨大なバブルになるのか、それともこれが単なる偶然の一致なのか、巨大バブルの発生には高額所得者の所得比率が高くなることと関係あるのかは、私は分からない。

ただなんとなく気になることではある。確かに、日本でのバブルがはじけた1989年は低いながら極大値は示している。

何時の日か、バブルと高額所得者の所得比率との対応を見てみたい気はする。

2008年12月21日 (日)

冬至に咲く花 こんなにも。 秋の花、冬の花、そして春の花。 明日からは日が伸びる。 地球の新たなる旅立ち。

今日は冬至である。北半球では最も太陽が見える時間が短い。体力維持と散歩に行くとそれでも随分と花が咲いている。 秋の花のセイタカアワダチソウ。冬の花のサザンカ。年に2度さくバラ。 そして春の花であるなの花ももう咲いている。Img_1936_1 Img_1948_1 Img_1949_1 Img_1945_1 Img_1943_1

花は寒さに弱いとも思っていたがそんなことはない。なの花は雪が積もっても咲く。スイセンもそうである。

冬至では日中は最短になる。が日没はすでに遅くなっている。

もうすぐ、新年である。元旦は太陽と地球が最も接近する日である。 太陽の万有引力を最も受ける時から最も受けにくくなる夏に向かっての地球の旅立ちである。

明日からは日が長くなる。また1/2からは少しづつ太陽の引力も弱くなる。寒くはなるが、それでも、天文学的な新たな旅立ちのスタートのである。

2008年12月20日 (土)

格差社会 貧乏人のためのマーケット、金持ちのためのマーケット。 日本のサラ金が大問題にならなかったのは何故?  QRは続く。新たな産業は何時も確実に勃興する。

マーケットは常に変動する。何かの原因で新しいマーケットが出来、それが拡大しそうに思えるとそれはさらに拡大する。私の周辺では随分とワンルーム マンションが拡大している。近くに大学が増加しているのがその要因の一つである。確かにこれは確実のマーケットであろう。

何度か記載したが、アメリカでは貧乏人の比率が増大した。当然というか、金持ちの富の所有比率は増大した。

こうした局面での行動は幾つかある。まず、最初に考えることは、富裕層の富を対象としたマーケットの拡大であろう。これは、宝石会社、金融機関、不動産会社、さらにセコムなどの安全化企業の出番をもたらそう。

やはり、直接的には金融機関の活躍が増大するであろう。そんなことからファンドが躍進した。また不動産業も拡大した。

一方、貧乏人を対象にした産業は、派遣であろう。貧乏人は教育も受けにくい。また、コネも少ないから中々、大企業にも就職しにくい。手っとりばやいのが派遣である。また、宿泊のない人を対象にしたなんとかカフェ、etc.である。 

そしてここでも金融機関が顔をだす。サラ金である。

結局、アメリカでは貧乏人が増大し、また金持ちの富も増大し、双方にマッチするマーケットとしてサブプライムローンが増大したのである。

貧乏人は金はないから金は借りなければ生活は成り立たない。かたや、金は有り余るほどかるが、金そのものが好きな富裕層がいる。

富裕層の金を貧乏人に高利で貸すための方法を必至でアメリカの経済学者が考えたのが金融工学の負の側面である。

しかし、金融工学を使っても貧乏人はしょせん貧乏人で借金の返済はできなかった。 

日本の場合、自殺者の何割かは経済的な理由であると言われている。知人の親戚の人も自殺をした。悲惨なことにその家族は自殺でおりた金で借金は払えたとのことであった。

何とも悲惨なことである。サブプライムを日本に当てはめるとそれは、サラ金である。日本のサラ金が大きな経済的な問題にならないのは、自殺で金が回っていることが原因なのだろうか ?  この編はアメリカでの自殺率、生命保険の率などを含め要調査である。

新しいマーケットは何時も出来ている。石油が高騰すれば省石油マーケットが拡大する。環境でも、介護でも同じである。

資本の効率化という言葉と同時に、当然効率化も要求された。 そうしたニース゛に対応して、資金の回転率も必要になった。

現在の急激な不況は金融面におけるQR、クイック リスボンスである。当面、景気が回復しないとすれば、従業員を切るのも一つの手段である。

ITの進展はあらゆる面からQRを進めた。 対応を考えるとき、後ろ向きの対応は実に容易であり確実である。

つまり、無くすか、減らせば、なんとか持ちこたえられるのである。今はすべて後ろ向きの対応が急激に進んでいる。

世界の政府は金は出すことにした。 その意味では数年以内に新しい産業が勃興する可能性は大きいだろう。

それは政府が主導する産業か、民間企業によるのか。

やはり、エネルギー関連事業はその一つであろう。今、新たな展開が始まった電池がその一つではあろう。

三洋電機のニーズを先取りする発想はすごかったが何かが間違っていた。これは直感であるが、やはり残念ながらまね下さんが強いのかもしれない。

やはり認め合う経済の構築が必須ではある。

2008年12月16日 (火)

バブルは政治における戦争である。それを防ぐのが経済の役割である。人の英知を結集して防がなければならない。

ジョージ ソロスのマネーは権力であるとの発想は誠に的を得た言葉である。それゆえマネーを蓄積すること、それ自体が目的になるとのこと。こうした概念のマネーは、単に物を買うときに使うためのマネーとは異なる。

ところで、政治は長い間、権力を誰が持ち、それをどのようにコントロールするか、人類は大変な苦労をしてきた。ある面で、人類の歴史は権力のコントロールの歴史でもあった。 ご存じのとおり、昔は権力は世襲制であった。その弊害に気がつき、選挙制度ができた。

また、国家権力の弊害から国連ができた。繰り返すが、権力はコントロールしないと大変なことになるのである。

しかし、不思議なことに権力の一種であるマネーについてはコントロールしない方が良いとの発想がここ数十年前からはびこった。 また、戦争が歴史上、避けられなかったようにバブルも避けられないとの見解も誤魔化しの竹中などにより拡散した。

しかしである。人類の英知により戦争の被害は人類の英知により随分と低減した。これは上記した国連などの一つの結果である。それは第二次大戦の犠牲者の数を見ればよく分かる。 つまり、国家権力のコントロールにより戦争の犠牲者は低下したのである。

同様に、権力としてのマネーのコントロールも必須である。誤魔化しの竹中はマネーを得るための手段は人の英知であるからコントロールすべきではないとしているが、あの考え方は間違いである。 

振り込め詐欺も経済行為である。ただ、これは悪として定義された経済行為である。やはり悪は悪であり、経済行為の悪も抑制されなければならない。

バブルは政治に例えれば、戦争に該当するものである。それをコントロールすることは必須である。最初から、それをコントロールすることは無理であるとの見解は何のメリットも経済にもたらさない。

政治において戦争被害の低減化に成功しているように、バブルの発生を低減化することは可能であろう。

2008年12月14日 (日)

余りにもひ弱な田母神。 ひ弱さが歴史を捏造するのだろう。

NHKのクローズ アップ現代であったろうか、もしかすると他のTVであったかは、はっきり覚えていないが、田母神の精神のひ弱さには参った。

短時間の彼の話の中に、国家を守るにおいて、「先人というか、先輩というか、旧日本軍が悪行をしたと思ったら、とても日本を守れない」との趣旨の発言があった。 何とも情けないというか、ひ弱な発想に驚くばかりである。 だから彼は日本が素晴らしい国であったと思い込みたくて、色々な政策を自衛隊の中でしたようである。

国を守るとは、そんな生易しいことではない。国が過去に侵略した経緯があろうが、なかろうが、現時点で国家が暴力で侵略されたら守るのが当然である。 

換言すれば、彼の発想によれば、過去に日本が侵略したならば、現時点で日本が侵略されても抵抗できないと、言う話になる。

彼が命をかけて守りたかったものは、願わくば、夢想の神のような素晴らしい国であったのかもしれない。 しかし、そんな国は歴史上ありえなかったのは確かである。あるときは侵略し、あるときは侵略されたのが歴史である。

個人的にみても、家系をみても栄枯盛衰がある。過去が夢想の神のように素晴らしくなかったら戦えないとしたら自衛隊のTOPとしては困る。また、自衛隊の最下級の兵士であったも困る。

自衛隊は、旧日本軍が侵略した過去があっても、また、秀吉が侵略した過去があっても、総理から命じられた役目は果たさねばならない。それが責務である。

過去を美化したいのはすべての人の思いかもしれない。徳川についてもそうした思いは確かにあった。しかし、自分の望まざる過去であったも人は生きていかざるを得ない。

田母神には、自分の欠点を目を向ける勇気がなかったのであろう。

保守の原点は性悪説とのことである。だからあらゆることを考慮して行動できるので、保守は強いと言われている。

彼には己の弱さを冷徹に見る力が無い。 彼のような者が歴史を捏造するのだろう。

2008年12月10日 (水)

朝霧流れ入る 湖西の山波を越えて 師走

湖西の山波の向こうで生じた朝霧が山波を越えて流れいる。Img_19253_1

師走の晴れた朝の一コマである。流れ入った朝霧は跡形もなく霧散する。

霧散は不思議とも思えるが高度が低くった霧は温度が上がり、蒸気となったためである。

2008年12月 8日 (月)

柊の香りほのかな近江の師走  その夕暮れ

柊の香りほのかな近江の師走。 その夕暮れである。Img_1906_1 Img_1913_1 Img_1914_1 Img_1921_1_2 Img_1922_1_1

2008年12月 7日 (日)

認め合う経済 制御することが世界を救う。提案 - 1  暴走する資本主義 ロバート B. ライシュ やはり特許に裏打ちされた技術革新が必須

「暴走する資本主義」 ロバート B.ライシュ 著  雨宮 寛 Img_0044_1

東洋経済から出版された上記の本は、現在の状況を平易に的確に記載していると感じた。もう少し深く踏み込んだ原因分析があればより的確な方策に繋がるのではと思え、少し残念である。詳細は本を読んで頂きたい。

私はこれを一つのベースとして、新しい経済の体制を提案してゆきたい。今回はその最初である。今回は私の専門分野である工学からの政策の提案である。各方面からの政策の重要度については、本提案が纏まった段階で、再度、見直したい。

本書の、ポイントは幾つかある。

一つは、以下の青字で書かれた山田中央大教授の書評の一部であり、それがポイントであろう。しかし、私は山田先生が記載しなかった部分に今後の解があるものと思った。それは赤字で記載する。
現在は、「超資本主義(Supercapitalism) という新しい資本主義社会の段階に到達したことを強調している。超資本主義とは、近代自由社会の両輪であった民主主義と資本主義の結合(ライシュは民主主義的資本主義と呼ぶ)が崩れ、資本主義(市場原理主義とほぼ同義)が民主主義を飲み込んでしまう社会になっているという。
 そして、格差拡大や生活の不安定さによってわれわれを苦しめるこの超資本主義が形成されたのは、企業が悪いのでも、政府が悪いのでもない。普通に生活しているわれわれ自身の内側にあることを強調する。誰でも安価でよいものを欲しがる。市場は安価でよいものを作って売ろうと、生産や流通を効率化し、労働賃金を下げ雇用を不安定にする。われわれが安くて品質のよいものを買えて喜ぶ裏側には低賃金で働く人々がいる。ショッピングセンターやネットで安くてよい商品を入手すればするほど、地元の個人商店が潰れることを考えよと、本書は説く。
 現在の資本主義の姿は、グローバル化、科学技術の進歩によって資本主義の持つ消費者や投資家の利益が最大限に保証される社会になったということにほかならない。日本語タイトルの「暴走」というよりも、むしろ資本主義の完成型なのである

これに対して、それ以前の経済は寡占体制により、利益が保たれ、しかも、経営者の心がやさしかったこと、が格差がなかったと該書には記載されている。私はこれが今後の経済を活性化するポイントであると思っている。

著者は、こうした状況が何故生じたかについて言及していない。私の工学としての研究者として経験から言えば、この時代の少し前に、大きな技術革新がありそれが特許となり巨大産業を起こし、それが寡占状態を構築したものであると思っている。

ここで、話は少し横道にそれて、人の努力への賞賛と、それによる社会の進歩について述べる。人は努力して何か新しいことの発見や発明をするとそれを獲得できる。これは多分人類の発生からそうであったのだろう。航海して新しい土地を見つければそれは発見者のものとなった。現在でも、鉱物などもそうであり、地下に金鉱脈を見つければ、発見者は権利を得る。

発明の場合、それは特許となる。私はこうした権利は人の素晴らしい行動への賞賛の一部でもあると思っている。

こうした権利は発見者や発明者に帰属し、それはまさに利権である。当然、他人がそれを侵害することは犯罪となる。つまり、強固な規制なのである。この強固な規制が実に、新たな成長の原点なのである。

こうした規制がないと人は安易に流れ、他人の成果を真似して結果として、人の努力する心を蝕むのである。 

少し、ここで脱線するが、派遣のシステムは人の苦労を無にすることによる低賃金化であり、最も忌むべきことである。経営者の心も労働者の心も劣化してしまうことは前回に記したとおりである。

規制の撤廃が新たな成長を全てもたらすのではないのである。

また、ブランドや商標は過去から現在までの人の努力の蓄積の産物である。これも利権であり、他社は参入することはできない。人のまともな絶えまざる活動に対しての賞賛がブランドなのである。

ただ特許の凄さは時間が限定された利権であることである。永遠の利権ではないのである。永遠の利権を目指すとそこには紛争が生ずる。

それでは、なぜアメリカが弱くなってしまったのか、その原因は幾つかある。その一つは数日前のGMのTOPの反省にもあったが、彼らが間違いを犯したことである。その間違いの最大は努力をしなくなったことである。特許権に胡坐をかき、結局努力しなくなったのである。 また、技術的には抜本的なものが出にくくなっているのも確かではある。改良技術が主体になり、そうした技術をアメリカは尊重しなかったのも一つである。なお、デトロイトのGM本社周辺の惨状は恐ろしいものがある。無人のガラス窓が割れた高層ビルが林立している。

車については日本の物は恐ろしく改善した。少し前の車の窓は手で開けた。ミラーも車を降りて手で修正した。最新の車はトンネルに入ると自動的にライトも点灯する。それでも燃費は良くなり、バッテリーも上がることはない。 こうした絶え間ない改善は日本によりなされた結果、私のアメリカの友はすべて日本車に乗っている。レクサスあり、日本にないアメリカ仕様のトヨタ車、本田、レガシーも人気がある。

結局、アメリカの産業技術に対する予測が間違っていたのであろう。その結果、アメリカの大体の工業は衰退した。 アメリカが努力すれば工業でも勝てることを証明しているもの国防産業がある。彼らは軍需産業は今後とも伸びる、大切であるとしたから、現在でもそれは圧倒的に強い。 日本もソ連もフランスも彼らに対抗できる戦闘機は作れなかっし、現在も作れていない。0008

それとITとマニアル化の進展である。ITは熟練工の必要性を低減した。またマニアル化はIT化を容易にした。また、人の教育を容易にした。マクドナルドは世界共通である。これは日本でも幾つかの系列レストランで見られる。礼儀作法も何も知らない人でもマニアルにしたがい立派に礼をするし、立派にポテトフライを作る。

この二つが産業を世界にばらまいた。これにより安い商品が世界中から輸入できるようになった。

繰り返すと、民生用の工業の研究の停止と特許のないがしろ化、ITとマニアル化により工業技術を世界的に拡散させる基盤を作ったのである。

それと、特許にかかる費用が余りにも高いことである。国に払う金は比較的安いが、弁理士に払う金が高い。また、国に払う金も20年近くなると高くなる。結果として、特許を早く廃棄してしまう。これでは特に中小企業にとって特許を保有するのは無理である。国は色々言っているが誤魔化しである。少し些細なことであるが、個人で特許を取ろうとすると並大抵なことではない。少しの間違いの修正も大変である。驚くことに、弁理士を使うと、国は間違いの訂正を容易にしている。国と弁理士はつるんでいて、特許の取得に弁理士を通さなくてはならないようにしているのである。 

随分と長くなった。格差が少なく、相互に信頼できる社会の構築を図る一つの手段を下記に示す。これは第一回目の提案であり、さらに追加して全体構想をつけたい。

1.人の努力の結晶である特許など知的財産権を強化する。具体的には、(1)期限を延長,(2).特許取得にかかる費用を低減化, (3)また弁理士を通さなくとも特許取得を容易にする,(3)知的財産の侵害の罰則を強化する。

2.革新、改良技術の基礎研究を強化する。これにより新たな産業の構築の基礎を作る。具体的には、(1)大学の基礎研究の強化、(2)企業の研究開発にかかる費用の無税化、研究開発にかかわる交際費も当然無税とする。

3.医学生理学の強化。具体的には.世界の著名医師を年収10億円で100人、5年任期で招聘する。

4.派遣業務は日本の努力意識のレベルを下げるので即刻、禁止する。

ただ問題はある。つまり、こうした政策により、現在の先進国はある程度格差も縮小するであろう。しかし、後発国の進展速度は遅くなるだろう。つまり、後進国との摩擦の拡大である。

昔であれば情報も少なく密入国、違法出国もなかったろう。しかし現在はITの一種であるnetにより情報は容易に取れる。

結果として、後発国が不安になるか、不法移民が増大するか、蛇頭が増大するか、テロが増大する可能性は増える。

こうしたことに対する策は次に検討したい。

 

2008年12月 3日 (水)

一般労働者の派遣は禁止にすべし。 派遣は派遣者のみならず経営者の心を傷める。日本を崩壊する。少なくとも日本は低格差社会が必須。日本発の経営システム、文化を広げよ。

アメリカ在住の大手企業に勤めている日本人から連絡が入った。彼のアシスタントは派遣であったとのこと。景気の後退を受け、そのアシスタントを切るのであるが、実にドライで、本人には帰宅するときにも連絡はしていないとのこと。そのアシスタントを切ったのは、日本人ではなく彼の上司であったとのこと。彼もアシスタントが帰宅した後、上司から連絡を受けたとのこと。

これは、日本の話ではない。ドライなアメリカの派遣社員の首の切り方である。派遣の当人も帰宅時にも首を切られることを知らないとのことは、何とも驚きである。 私の大好きなアメリカがこのようであるとは。

こうした対応を受けた当事者の心はいかばかりであろうか。長く心に痛手を残すものと思う。また、突然の無所得化も恐ろしい事態を引き起こそう。

一方、経営者サイドについて言えば、経営努力をしなくなる。高コストに見合う仕事作りをしなくなる。新製品開発、コストダウン研究より、こうした安易な方法で短期的に利益が出る方法を取るようになる。

特に、生産現場における派遣は工場独自の改善の蓄積を無くする。米GMなどが日本のメーカーに負けたのはこれも一つの原因である。

結局、派遣は何も日本に成果をもたらさなかった。誤魔化しの竹中は先日のテレビ朝日でも派遣について、誤魔化していた。

派遣は格差拡大をもたらしたにすぎない。そして、もしこれを続ければ、それはさらに格差拡大をもたらす。その理由は単純である。

すなわち、派遣労働者は単純仕事であり、技能、能力の向上はない。

一方、正社員は会社の維持発展のために会社としても能力を付けさせないといけない。これが数年続けば、技能、能力差の拡大は拡大するばかりである。

能力差が拡大して給与差が低下しては社内モラルは低下する。結局、給与差は拡大する。この繰り返しであろう。

格差などについてはhttp://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4660.html を参照頂きたい。

なお、日本民族については、やはり質素倹約が好きであるようだ。現在まではアメリカ流が世界のスタンダードになりつつあった。

しかし、上記したような首の切り方には納得できない。そうした面も含め、日本流の経営システムを構築する時期でもあろ。そしてそれを世界に広げることも価値があると思う。近江商人の「三方よし」などの心構えは持続する成長に必須であると思う。Img_1880_1

日本発で世界に最近広がりだしたものに相撲がある。相撲協会はそうした意識を持ってしっかり弟子を鍛え、世界に相撲文化を広げてほしい。

最近、演歌にもアメリカ生まれの黒人系歌手が誕生した。日本人がジャズや歌劇をうたうようなものだろう。演歌はある面で心の歌でもあり日本の心を世界に広げるいいチャンスである。  写真の比叡の雄姿である。

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